「……I think he sort of indirectly already has that job. Because he has a lot to say about a lot of things. He’s a very valued person in the administration, Stephen(彼は間接的にすでにその職に就いていると思う。なぜなら、彼は多くのことについて発言力を持っているからです。スティーブンは政権にとって非常に価値ある人物だ)」。ドナルド・トランプ大統領は5月4日午後(米東部時間。以下同じ)、フロリダ州パームーチの私邸「マーラ・ラゴ」から首都ワシントンへの帰途、エアフォースワン(大統領専用機)の機内でホワイトハウス(WH)詰めの記者団の質問にこう答えた。
一方、同日午前放映のNBCテレビの看板番組「Meet the Press」(毎週日曜)に出演している。同番組は第2次世界大戦直後の1947年に始まった米ネットワークTV局史上最長寿番組であり、今日の報道番組の原点でもある。それは前々日の2日に私邸「マーラ・ラゴ」で、同番組MCのクリステン・ウェルカー女史がインタビュー収録を行ったものだ。少々、説明が必要だろう。
先ず、「Stephen」はスティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策担当)を指す。78歳の大統領に仕える39歳の最側近である。この間のトランプ氏唯一無二のスローガン「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)」のコンセプトメーカーが他ならぬミラー氏である。第1次政権発足の2017年1月20日の大統領就任演説で「米国ファースト」を起草したのもミラー氏。当時31歳で、すでに大統領上級顧問・スピーチライターとして国内外から注目を集めていた。更迭説が流れていたマイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)の国連大使転出とマルコ・ルビオ国務長官の大統領補佐官代行兼任が発表されたのは、5月1日だった。当然ながら同行記者団の関心事はいつ、誰がウォルツ氏の後任に指名されるのかにあった。機中での大統領への10分足らずの声掛けインタビューは貴重な機会である。後継有力候補としてミラー氏を挙げて食い下がった記者が得た回答は冒頭のフレーズになった。記事にしたロイター通信(5日09:01配信)の見出しは「Trump says he is considering Stephen Miller for national security adviser(トランプ大統領検討 スティーブン・ミラー氏を国家安全保障担当大統領補佐官)」である。▶︎
▶︎次は、肝心なNBCインタビュー。まさにトランプ節炸裂であった。3月末には自身の大統領3選も選択肢にあると述べ大顰蹙を買ったばかりだが、2028年の大統領選について真顔で「多くの人がそれを望んでいるが、(憲法上)許されないことだ。私が目指していることではない」と言い、さらに後継候補についてはJ・D・バンス副大統領とルビオ国務長官の名前を示した。
そしてその直後に、ウォルツ氏の後継にミラー氏を起用する人事案を質されると「そうしたいが、それは彼にとって降格(that would be a downgrade)になる。私の考えでは、彼はその職よりもはるかに高い地位にある人物だ」と答えたのである。「降格」は英語で普通demotionでありdowngradeではない。後者は「見下す」というニュアンスが強い。トランプ氏はきちんと言葉を選んでいるのだ。 即ち、ミラー氏を外交・安全保障問題で世界を駆け巡る大統領補佐官(国家安全保障担当)に起用すれば常に自分の傍らに置いておくことが出来なくなると、トランプ氏は考えているフシが濃厚である。ミラー氏の執務室はWHウエストウィング(西棟)2階の北西角部屋で一番広い。大統領補佐官(国家安全保障担当)執務室は1階北東の角部屋で、右隣がバンス副大統領執務室。ミラー氏が就任すると部屋は2階から1階に移ってより広くなり、大統領執務室(オーバルルーム)にも近くなるという事情はある。
筆者がミラー氏に拘るのはもちろん、理由がある。米国、ウクライナ両政府は4月30日、ワシントンでウクライナのエネルギーや資源の権益に関する経済協定に署名した。対等なパートナーシップに基づく復興基金設立合意とも報じられた。ところがミラー氏は珍しく翌日にホワイトハウスで記者会見を開き、同協定について「米国が税金で提供した数千億ドルの支援に対する返済の一環である。これは最も重要な理解すべき点の一つだ」と語った。このミラー発言は看過すべきではない。日本側の受け止め方<過去の支援額の「返済」として基金への巨額拠出を要求していたが、最終的に米国が譲歩したとみられる>(日本経済新聞1日付夕刊)に疑問を抱くのは、筆者だけではない。石破茂首相にとって当面は、5月中の日米関税交渉3回目(ワシントン)、6月中旬の主要7カ国(G7)首脳会議(カナダ・カナナスキス)が正念場となる。そして対米交渉でもトランプ氏の裏面に控える「米国第一主義者」スティーブン・ミラー氏が早晩キーマンになるはずだ。石破氏の前に立ちはだかる壁を突破するのは容易でない。その壁は、米墨国境にトランプ氏が不法移民流入阻止のため設置した壁以上に高くて、厚いかもしれない。