「Stephen Miller is at the top of the totem pole. I think he sort of indirectly already has that job. Because he has a lot to say about a lot of things. He’s a very valued person in the administration, Stephen(スティーブン・ミラーはトーテムポールの頂点にいる。
つまり、彼は間接的にすでにその職に就いているようなものだと思う。…彼は多くのことに対し発言力を持っているからだ。スティーブンは政権にとって非常に価値ある人物だ)」ドナルド・トランプ米大統領が、5月4 日午後、フロリダ州に所有する私邸兼プライベートクラブ「マール・ア・ラーゴ」から首都ワシントンへの帰途、大統領専用機内でホワイトハウス(WH)記者団からの質問にこう答えたのだ。少々、説明が必要だろう。まずStephen Millerはスティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策担当)を指す。39歳の最側近。トランプ氏唯一無二のスローガン「MAGA(米国を再び偉大に)」に加え、第1次政権の大統領就任演説で打ち出した「米国ファースト」を起草したのも同氏だ。では、なぜトランプ氏は記者団にミラー氏が「すでにその職に就いているようなもの」と答えたのか。専用機内のインタビューには時間的制約があり、テーマも限定される。もともと記者団の関心事は、同1日WH発表のマイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)の更迭=マルコ・ルビオ国務長官の大統領補佐官代行兼任人事にあった。ゆえに後任候補として取り沙汰されたミラー氏の可能性を大統領にただしたのだ。
一方で同4日午前に放映された米NBCテレビの看板番組「Meet the Press」出演が好対照だ(収録は2日)。1947年に始まった長寿番組で、今日の報道番組の原点でもある。機内での10分に満たない声掛けと、歴史も権威もある60分の報道番組を使い分けるのがトランプ流だ。NBCの著名インタビュアーのクリステン・ウェルカー氏の質問「あなたの長年の最も忠実な側近であるミラー氏を国家安全保障担当大統領補佐官の候補者として検討していますか?」に対しトランプ氏は、次のように答えた。「Well, I’d love to have Stephen there, but that would be a downgrade(そうですね、スティーブンをその職に就かせたいと思うが、それは彼にとって降格になる)Stephen is much higher on the totem pole than that, in my opinion(彼は、私の考えでは、その職よりもはるかに高い地位にある人物だ)」しつこい、と言われそうだが「10分弱のぶら下がり」と、「60分の報道番組」を比較検証したのにはもちろん、理由がある。NBCインタビューでは、「降格」という表現に「demotion」ではなく「downgrade」を使っている。後者は見下すというニュアンスを含む。すなわち、ミラー氏をつねに手元に置きたいというトランプ氏の気持ちが込められているのだ。▶︎
▶︎一方、機中インタビューで「彼は間接的にすでにその職に就いている」と語ったのは、同氏を改めて大統領補佐官に起用するまでもないと言っているのに等しい。筆者がミラー氏の去就にこだわるのにも理由がある。2月末のトランプ氏とゼレンスキー大統領の首脳会談決裂で悪化した米国、ウクライナ両国関係の先行きが、ウクライナ戦争停戦の成否のカギを握るとされるからだ。
そうした中、両政府は4月30日、ウクライナ国内のレアアース(希土類)など鉱物資源の権益に関する経済協定に合意した。スコット・ベッセント米財務長官とウクライナのユリア・スヴィリデンコ第1副首相が、共同開発から得られる収益を共同管理する「復興投資基金」の設立を柱とした協定に署名。各国メディアは口をそろえて高く評価した。これまでのウクライナ支援額の「返済」として資源権益を要求する米国がウクライナに譲歩・合意した対等な協定であるというのである。ところがミラー氏は翌日の記者会見で、同協定について「米国が税金で提供した数千億㌦の支援に対する返済の一環である。これは最も重要な理解すべき点だ」と述べた。まるで「米国第一主義」のミラー氏が「国際協調主義」のベッセント氏にクギを刺したかのような言いようだ。和平交渉の裏面にもミラー氏の存在がうかがえる。
さて、肝心な日米関税交渉の先行きである。これまで石破茂首相は繰り返し自動車関税撤廃を求めてきた。だがトランプ政権は5月3日、25%の追加関税をエンジンや変速機など自動車部品にまで拡大。日本の神経を逆なでした形だ。石破氏最側近で対米交渉責任者を務める赤澤亮正経済再生担当相は、同3日夕、石破氏から自動車関税交渉での譲歩は選択肢にないと言い渡された。同氏は5月下旬までにベッセント氏と3回目協議を行う予定だ。しかし、外務、経済産業省幹部からなる「チーム赤澤」は米商務省や通商代表部(USTR)の実務責任者と十分なすり合わせができていない。加えて公正貿易を唱え、関税は交渉手段にすぎないとするベッセント氏は知日派だが、交渉主要相手国は18カ国あり、日本を特別扱いすることはない。6月15~17日にカナダで開催される先進7カ国(G7)首脳会議までの “事態収拾”は絶望的である。換言すると、石破政権は対米貿易交渉でさしたる成果もなく7月の参議院議員選挙を迎えるのだ。昨秋の衆院選に続き自民、公明両党は参院も過半数割れ必至だ。すなわち石破首相退陣後の「政局夏の陣」は何でもありの未体験ゾーンに突入する。そのようなタイミングでトランプ政権がミラー氏主導のMAGA路線で仕切られるようになったら、日米関係はどうなるのか。想像もしたくない。