参議院議員選挙が公示された7月3日、石破茂首相は必達目標とする「非改選合わせて与党過半数維持」のため、「自民、公明両党で50議席を目指す」と記者団に語った。あえて低めの勝敗ラインを設定した。それでも、歴史的な大敗となった。「55年体制」後初めての衆参両院少数与党である。党史に「屈辱の総裁」として名を残すことになる。さぞかしくじけていると思いきや、どうも様相が違うようだ。投開票日の20日午後4時すぎ、NHKが「自公43議席」見通しを官邸に報告したとの未確認情報が永田町かいわいで流れた。追い打ちをかけて「今夜退陣表明・8月1日総裁選」情報が続いた。ところが結果は、過半数割れだが微妙な「自公47」を獲得し、崖っぷちで踏みとどまった。心が折れることを知らない石破氏は21日午後、記者会見で「比較第1党の責任は重い」として続投を言い放った。
一方、森山裕幹事長は当然にもNHKの特別番組中に石破氏に辞任の意向を伝えた。だが、首相会見で言明したように、幹事長以下、党執行部は全員を留任させた。今後の政局展開を見通すうえでやはりカギを握るのは森山氏のようだ。森山氏は昨年10月の石破政権発足で自民幹事長に就任した。党内で希少価値人材とされる「党人派」だ。地元の鹿児島市議7期を経て中央政界に転出。参院1期・衆院当選8回。長きにわたって国会対策委員長、選挙対策委員長を務めて頭角を現した日本版「ディールメーカー(交渉人)」だ。この間に「影の総理」と言われるほどの実力者となった森山氏に、選挙終盤で「異変」を感じた関係者は少なくない。何があったのか。同氏は公示前だが、自民現職応援で宮崎入りした。その日はかつての同志である同候補の父親と「最後の一献」を傾けたという。 終盤の7月15日に和歌山を訪れた。同選挙区も二階俊博元幹事長との「義理」が絡む。自民公認の同氏三男は、世耕弘成元参院幹事長(現衆院議員)が全面支援する保守系無所属候補に届きそうもない。でも応援に赴いた。18日には鹿児島入りしたが、保守の金城湯池の同県も自民候補が保守系無所属に大差で敗れた。森山氏らしからぬ選挙終盤の行動だ。どうやら「センチメンタルジャーニー」を決め込んでいたフシが濃厚だ。国民民主党、参政党の大躍進で早期の衆院解散・総選挙は遠のいた。
それでも森山氏と、健康不安説が消えない菅義偉副総裁(元首相)は次期衆院選の不出馬が確定的。たたき上げで苦労人の二階、菅、森山各氏が表舞台から退場することになる。「党人派」の消滅だ。参院選比例区で参政党の獲得票率12.5%は、自民の21.6%、国民の12.9%に次ぐ第3党となった。▶︎
▶︎もはや「党人派」長老の理解を超える。これも今参院選が招来した「自民党政治からのゲームチェンジ劇」の第一幕だ。では、続投宣言した石破氏は当面の政権運営にどのようなシナリオを描いているのか。筆者の見立てはこうだ。投開票日の石破氏発言を聞いた麻生太郎党最高顧問は首相の開き直りに「続投は許されないわな」と周辺に語った。その発言トーン(本気度)の見極めが重要だ。
なぜならば石破氏の「続投期間」にもよるが、今後の政治日程の両院議員懇談会(7月31日)、内閣改造・党役員人事、秋の臨時国会召集、総裁選に至るタイムラインは麻生氏と岸田文雄前首相の存在抜きに決められない。石破氏の続投判断の背景には、日米関税協議の最終局面でトランプ米政権が日本に課す相互関税25%の引き下げのメドがついたことがあったとされる。昨年9月の党総裁選に手を挙げた高市早苗元経済安全保障担当相ら「ポスト石破」有力候補だけでなく、連立の組み替え問題を通じて今秋政局での影響力増を狙う実力者はお盆休み返上で駆け引きを行うことになる。58.51%という高い投票率からも今参院選の実態は「政権選択選挙」だった。
いわばレジームチェンジを突き付けられたこのタイミングで総裁選を行えば、党分裂の事態も想定されるため「息継ぎの時間」が落しどころになるのではないか。この「政治ドラマ」の主役である麻生、岸田両氏は6月18日の3時間半に及んだ会食を通じて意思疎通を図った。麻生氏が参院選の結果で「石破降ろし」に動くことはないとの感触を得た岸田氏は同月29日、石破氏と酒席を共にした。仮に自公で過半数割れでも石破続投を認めるが秋の臨時国会前の人事は麻生・岸田連合が仕切ることで折り合いをつけたという。ここで注視すべきは連立の組み替え協議だ。公明を抜き第3党になった国民民主党の玉木雄一郎代表は自公との連立に加わることはないと断じた。
しかし、野心家の同氏が自らの首班の可能性を探らないはずがない。組み替えの本命は日本維新の会ではなく国民民主党だ。玉木氏首班の連立政権が交渉の大前提となる。同党が主張する「所得税を課す最低賃金178万円」と「ガソリン税の暫定税率廃止」は政権公約にするが、消費税減税問題で自民の譲歩はない。玉木氏は交渉相手に気心知れた茂木敏充前幹事長を指名するはずだ。ここで交渉人・森山氏が登場する。麻生・岸田連合が「敗戦処理」にどう取り組むのか。要するに人事だ。玉木首相の場合、官房長官は同党の川合孝典参院幹事長。同氏は旧民社党系の民社協会会長であり、連合(芳野友子会長)との橋渡し役となる。想定リストには対外向けの岸田副総理兼外相、参政党対応で高市総務相、財政問題で加藤勝信財務相と小野寺五典党政調会長のスワップ人事が挙がる。それでも、石破総裁居座りへの批判は根強い。遅くとも9月上旬までに両院議員総会を開き、新総裁を選出すべしとの声は必ず党内から湧き起こる。そこではたぶん、「高市コール」を伴う。不気味に感じるのは筆者だけではあるまい。