9月3日午前9時(日本時間同10時)から北京市内の天安門広場で開かれた中国抗日戦争勝利80周年記念式典には国家主席の習近平・彭麗媛夫妻を始め、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、北朝鮮の金正恩労働党総書記、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領ら世界26カ国の国家元首級が天安門の楼上から見守るなか、注目の軍事パレードが行われた。台湾侵攻を意識した空母艦載のステルス戦闘機「殲35」、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の「巨波3」、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「東風61」など虎の子の最新兵器オンパレードだった。明らかに経済減速が深刻化する中、国内向けの「強国」アピールである。
ところで時間を少々遡る。ウクライナ戦争の先行きを見通すうえで重要な「ウクライナ領土問題」に世界の耳目が集まる中、8月15日午前11時半(現地時間)から米アラスカ州アンカレジの米軍エルメンドルフ・リチャードソン統合基地で米露首脳会談が行われた。ドナルド・トランプ大統領とプーチン大統領の首脳会談(同基地内の「ビリー・ミッシェル・ルーム」で30分間)と、その直後の双方少人数会合・ワーキングランチ(「カンファレンス・ルーム」で2時間15分)が催された。トップ会談には当初予定のテタテ(通訳のみ同席)が急きょ米側からマルコ・ルビオ国務長官とスティーブ・ウィットコフ中東担当特使、露側からセルゲイ・ラブロフ外相とユーリ・ウシャコフ大統領補佐官(外交担当)が加わり、3対3会談となった。北京では習近平=中国を軸にプーチン=ロシアと金正恩=北朝鮮3カ国の「反米同盟」が結成されたというのに、何を今さら米露首脳会談なのかと問われそうだが、取り上げる理由はもちろんある。手元の米露少人数会合の席次リストから紐解いていく。
先ずは席次表。米側は7人で、トランプ氏を中心に右隣から順にルビオ国務長官、ピート・ヘグセス国防長官、スーザン・ワイルズ大統領首席補佐官、左隣から順にスコット・ベッセント財務長官、ハワード・ラトニック商務長官、ウィットコフ中東担当特使。ロシア側は6人で、プーチン氏を中心に右隣から順にラブロフ外相、アンドレイ・ベロウソフ国防相、キリル・ドミトリエフ露直接投資基金総裁、左隣から順にウシャコフ大統領補佐官(外交担当)、アントン・シルアノフ財務相。▶︎
▶︎我が国では平安朝の時代から位階が厳しく定めれている。左大臣は右大臣より位が上だ。この伝統は今日に至るまでプロトコル(外交儀礼)を含め継承されており、例えば首相官邸の定例閣議(毎週火曜、金曜日)での席次は首相の左隣に政権ナンバー2が座る。
ところが中国発の儒教の同じ影響を受けているはずの韓国は、国会雛壇と外交対面は席次順が異なり、首脳会談では大統領の右隣がナンバー2。欧米では外国首脳との会談や国内での重要会議での席次は大統領(首相)の右隣にナンバー2が着席する。その席を「place of honor」と呼ぶ。従って、米露首脳少人数会合の席次から米側ナンバー2がルビオ国務長官、ロシア側はラブロフ外相であることを知る。 事実、米政権の大統領継承順位は大統領→副大統領(米上院議長)→国務長官なので、「掟破り」常習犯のトランプ氏もプロトコル遵守かと思いきや、実際は外交思惑によって破られることがあるというのだ。ワシントンDCの情報源によると、トランプ氏は米露首脳会談前、「ウクライナ領土問題」でプーチン氏が歩み寄りを見せなければ間髪入れずにロシア産液化天然ガス(LNG)の輸入取引する中国を含む第三国に100%の「2次関税」を課すと、対露第2次制裁の導入を示唆していた。ウクライナ戦争絡みで露側の譲歩期待からだった。そのため高関税政策の総元締めであるベッセント氏を圧力要因とする取引をホワイトハウスは考え出した。露側席次表を事前に入手したら米欧プロトコル通り外相のラブロフ氏が大統領の右側、すなわちナンバー3のベッセント氏が定位置の大統領左隣であれば、両氏は真向かいで相見えることになる。余計なことを考える(する)必要はなかったというお粗末な結果となった。肝心な「ベッセント効果」はどうだったのか。
因みにワーキングランチのメニューは以下の通り。前菜:シャンパンビネガー(酢)ドレッシングのグリーンサラダ、メイン:フィレミニョン(牛肉)のブランデー入りのペッパーコーンソース添えと、アラスカ産オヒョウ(白身魚)のバター風味のホイップポテトとローストしたアスパラガス添え、デザート:クレームブリュレ(カスタードの上に砂糖をまぶして焦がしたスイーツ)。
だが、13人の出席者はこのランチを口にすることが出来なかった。プーチン氏が最後まで譲歩せず、トランプ氏の一言でランチはドタキャンとなったからだ。首脳外交のスケジュールがトランプ氏の一存で覆るのに対し、たとえ専制国家指導者とはいえ整然としており、習氏を中心に右からプーチン氏、左から金氏が寄り添うように囲み、自信に満ちた笑みを浮かべる映像を観せられると、どこか寂しさを感じるのは筆者だけではあるまい。