お盆休みが明け、明らかに永田町の雰囲気が一変した。石破茂首相(自民党総裁)を力ずくで引きずり降ろすことの是非が焦点である「総裁選挙前倒し政局」が今や風前の灯火になりつつあるようだ。それまで首相官邸周辺から漏れ伝わるのは、縦横十文字どこから見ても石破政権の先行きに展望はないとの弱気発言のみだった。石破氏は昨年10月の衆議院に続く7月の参議院の国政選挙2連敗を招いても、自身の出処進退にけじめをつけないどころか、政権運営に自信を強めているという。相次ぐ首脳外交である。年初来、度重なるピンチをすかさずチャンスに変えてしまう。そんな石破氏について、孔子の言葉とされる「最大の名誉は決して倒れないことではない、倒れるたびに起き上がることである」を口にする政界関係者がいる。
そもそも石破氏が大局的見地から物事を見渡す政治家であり、ネイションリーダーにふさわしい国家観の持ち主であるとは、寡聞にして知らない。では、石破氏が2002年9月の第1次小泉第1次改造内閣で防衛庁長官として初入閣した当時、所属していた橋本派(現在の旧茂木派)枠であったことで推測できるように、同派始原の旧田中(角栄)派→旧竹下(登)派で習得した「政治手法」(=転んでもただでは起きない)に従うのだろうか。そうみざるをえないのが、石破氏が8月24日夜に催した夕食会である。パレスホテル東京の日本料理店に集まったのは、小泉純一郎元首相(83)、自民党の山崎拓元副総裁(88)、武部勤元幹事長(84)。石破氏最側近、赤澤亮正経済再生担当相も出席。この夕食会をアレンジしたのは山崎氏だ。改めて指摘するまでもないが、老獪な同氏が企図するのは「石破続投」である。小泉政権時の自民党執行部は、幹事長・山崎氏(山崎派=旧森山派)、総務会長・堀内光雄氏(故人。堀内派=旧岸田派)、政務調査会長・麻生太郎最高顧問(84。河野グループ=麻生派)、前任政調会長が亀井静香氏(88。亀井派=旧二階派)、国会対策委員長・中川秀直氏(81。森派=旧安倍派)の陣立てだった。麻生氏はその後の第1次小泉第2次改造内閣(03年9月)で総務相、第3次小泉改造内閣(05年10月)の外相となり、故・安倍晋三元首相(森派)は官房副長官→幹事長→同代理→官房長官と地歩を固めていく。なぜ、今になってヤマタクこと山崎氏が表舞台に登場するのか。
まずはおさらい。かつて一世を風靡したYKKは、初当選同期の山崎氏、故・加藤紘一元幹事長、そして小泉氏の頭文字を指す。世上では3人中の1番は加藤氏が通り相場であったが、総理・総裁の座を射止めたのは最年少の小泉氏だった。その小泉氏だが、今日に至るまで山崎氏に揺るぎのない信を置いているという。このメンツの会食は、実は昨年5月14日夜にもあった。銀座の料亭「新ばし 金田中」で先の小泉、山崎、武部、石破氏に加えて亀井氏も出席。そのアレンジも山崎氏で、支払いは亀井氏だったという。後日、石破氏は小泉氏から「君は義理人情に欠ける」と指摘されたと党内要路に伝わると、得心する者が過半だったとの話は今も残る。当時は旧安倍派に端を発したパーティー券収入に絡む裏金事件が自民党を直撃。この問題への批判を収拾するメドが立たず、岸田文雄首相退陣不可避との見方が支配的であり、すでにポスト岸田候補が多数派工作を表面化させる動きを見せていた。▶︎
▶︎そうした中、山崎氏を中心とする長老たちが石破氏に総裁選出馬を促す場として「金田中会食」が用意された。実際、山崎氏はその後間を置かず石破氏を森山裕幹事長に引き合わせている。言うまでもないが、山崎派(近未来政治研究会)→石原(伸晃)派→森山派の系譜があり、森山氏にとって山崎氏は敬して接すべき恩人であり、党人派の大先輩である。その先輩から石破氏を託されたのだ。
加えて、昨年5月に続く8月末の事実上の石破氏激励会の背景には、永田町特有の政治的恩讐がある。この間、石破・森山ラインで臨んだ衆参院選挙大敗の責任追及の先頭に立った麻生派、旧安倍派、旧茂木派は石破氏の早期退任と新総裁選出のための総裁選前倒しを求めてきた。石破降ろしに勢いがあったが、潮目は変わった。石破氏に味方する世論が予想をはるかに超える。筆者は一貫して、NHK、朝日新聞、共同通信3社の世論調査結果の平均値を現状政治に対する国民の回答とみてきた。最新調査はこうだ。NHK(8月9~11日実施)=内閣支持率:前回比7.4㌽増の38.1%、石破続投賛成49%、反対40%、自民党支持率:5.4㌽増の29.4%。朝日(16~17日)=内閣支持率:7㌽増の36%、首相は辞めるべき5㌽減の36%、辞める必要はない7㌽増の54%、自民支持率:前回比±0㌽の20%。共同(同月23~24日)=内閣支持率:12.5㌽増の35.4%、首相は辞任するべき11.6㌽減の40%、辞任の必要ない11.7㌽増の57.5%、自民支持率:1.8㌽増の22.5%。3社の平均値は内閣支持率36.5%、首相続投賛成53.5%、自民党支持率24%と予想外に高い。
さて、政治的恩讐とは何か。「福岡三国志」と呼ぶべき物語の登場人物は筑豊の麻生、筑前の山崎、筑後の古賀誠元幹事長(85)の各氏。山崎氏と麻生氏は天敵同士、麻生、古賀両氏は犬猿の仲。敵の敵は味方とすると、山崎、古賀両氏は麻生氏が計略を仕掛ける石破氏を防衛する味方同士だ。それでも麻生氏は、総裁選前倒し実施に向け「総掛かり」するという。ともあれ筆者には石破氏の先行きが長老のパワーゲーム次第という現実を受け入れる心構えがない。