高市早苗首相は10月28日午前、東京・元赤坂の迎賓館でドナルド・トランプ米大統領と約40分間会談した。別途、50分間のワーキングランチ。この間の故・安倍晋三元首相の後継者アピール戦略が奏功し、トランプ氏は日米首脳会談冒頭で「安倍話」から語り出した。
そしてトランプ氏をして「今や日米は世界で最も偉大な同盟になった」と言わせた。トランプ氏は29日に韓国に移動し、アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議(10月31日~11月1日)が開催される慶州を訪れ、30日に釜山で中国の習近平国家主席とのトップ会談に臨む。懸念された米中貿易対立のコリジョンコース(戦争に向かって突き進む)を回避できるかは、まさにトランプ・習近平会談の成否にかかっている。米中貿易交渉の米側代表のスコット・ベッセント財務長官と中国側代表の何立峰副首相は、トランプ氏が東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議出席のためクアラルンプール入りする直前に、同地で第5回通商協議(25~26日)を行っている。最大の焦点となったのは、スマートフォンや電気自動車(EV)のモーターやハードディスクなど、ハイテク製品に不可欠な素材であるレアアース(希土類)を巡る攻防だった。世界一の産出国である中国は国産レアアースの対米輸出規制の1年間延期を、一方の米国は100%の対中関税発動見送りを其々が切り札に取引(ディール)したのだ。 とりあえず米中激突は回避できたが、兆しはあった。何立峰代表が交渉団ナンバー2を対米強硬派の李成鋼商務部副部長から穏健派の廖岷財政部副部長に交代させたのだ。一時休戦が1年延期ということは、来年2月の中国の春節休暇を経て4月で半年目である。トランプ氏の中国国賓訪問としてグッドタイミングではないか。
果たして世界の耳目を集めるトランプ・習近平会談でこうした米中緊張緩和(デタント)を演出できるだろうか。筆者は最近の激しい米中パワーゲームを目の当たりにする中、一人の米大物経済人の動向に注目してきた。運用資産150兆円超の最大手投資会社ブラックストーンの共同創業者で現会長兼最高経営責任者(CEO)のスティーブン・シュワルツマン氏である。この1カ月余に2回、日本経済新聞に同社総帥の顔写真付きの1頁全面広告「私たちは、世界最大級のオルタナティブ投資運用会社です。」を掲載したので、気づいた読者もいるはずだ。まずシュワルツマン氏。高市早苗自民党総裁は政権発足1週間前の10月15日夕、東京・永田町の自民党本部でシュワルツマン氏と30分余だが面談している。その日の午後は、党本部で秋葉剛男内閣特別顧問をはじめ、岡野正敬国家安全保障局長(当時)、船越健裕外務事務次官、新川浩嗣財務事務次官、荒井勝喜経産省通商政策局長、大和太郎防衛事務次官ら主要省庁トップからのレクチャーが相次いだ。そこにシュワルツマン氏による表敬訪問が続いたのである。▶︎
▶︎なぜ、この時期にとの疑問を抱くのは、ジャーナリストとして当然だ。そして深堀り取材を始めた。同氏は習主席出身校の北京にある清華大学に私財1億ドル(約153億円)を投じて世界から留学生を集める奨学制度「シュワルツマン・スカラーズ」を設置した。2016年のことだ。習氏とは長い付き合いの同氏は米経済界で数少ない知中(国)派。米中貿易摩擦真っただ中の3月28日、習主席は訪中した外国企業トップ約40人と会談している。その中にはトヨタ自動車の豊田章男会長、日立製作所の東原敏昭会長、独BMWのオリバー・ツィプセ社長、韓国サムスン電子の李在鎔会長、米アストラゼネカのパスカル・ソリオCEOらに交じって、シュワルツマン氏もいた。それでも共和党員の同氏は昨秋の米大統領選でトランプ氏を支持、同氏陣営に巨額の献金を行っている。
一方、「安倍外交」を支えた内閣特別顧問の秋葉氏は、今や高市首相の戦略アドバイザーと言っていい。その秋葉氏はシュワルツマン氏とは親密な間柄だ。昨年1月25日、米ニューヨークのセントラルパークに隣接するユダヤ教エマニュエル寺院で、故ヘンリー・キッシンジャー元国務長官の追悼式が執り行われた。日本人参席者2人のうちの1人だった秋葉氏は、国家安全保障局長時代の前年秋に知己を得たばかりの同氏と会場で遭い、近くの超高級メゾンの私邸に誘われたという。なお、シュワルツマン氏は24年3月に来日、当時の岸田文雄首相を官邸に表敬している。このとき、秋葉氏も同席した。元外務事務次官の秋葉氏はその外交官キャリアの中にアジア大洋州局中国課長がある。2006年10月の第1次安倍政権時の「日中戦略的互恵関係」のネーミング、さらに16年8月発表の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想のコンセプト・メーカーでもある。APEC首脳会議の開催期間中に、高市氏が習近平氏とトップ会談をするという相当ハードルの高い調整が実現しそうなのも、秋葉氏の進言によるものと考えてほぼ間違いないと思う。それが国益につながる、というわけだ。外交は、このようにちょっとしたきっかけで進展する。
今回の日米首脳会談では日米各々8人ずつの同席者がいる。日本側リストにある市川恵一国家安全保障局長は、秋葉総合外交政策局長時代の直属の総務課長として先述のFOIPコンセプト作りの当事者でもある。そして高市首相は改めてトランプ大統領に対し、そもそも安倍晋三首相が提唱したFOIPの進展に向け協力を強く求めた。これも「外交のミッシングリンク」と呼ぶべきかもしれない。
