11月 7日の衆院予算委員会での高市早苗首相答弁が、市場関係者の間で大きな話題と
なっている――。
日本経済新聞(8 日付朝刊)の 1 面ではなく、5 面記事の見出し「市場の信認維持 焦点―基礎収支目標見直し、財政規律緩む懸念」にあるように、《首相が、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標について「単年度の PB という考え方は取り下げる。数年単位でバランスを確認する方向に見直すことを検討している」と語った》と報じた。同紙 1 面記事の冒頭を読んだだけではよく理解できない。そこで筆者は送付してもらった『令和七年十一月七日 【衆議院】予算委員会議事速報(未定稿)』で当該部分を探した。
そして見つけた。立憲民主党の本庄知史政調会長の質問に高市首相が答えているのだ。
触りの箇所だけ本庄質問と首相答弁を再録する。本庄:「明確に答えていただきたいですね。取り下げた、取り下げるですか、どっちですか」首相:「単年度の PB という考え方については、変更する、取り下げると考えていただいて結構かと思います」本庄:「…財政健全化目標を放棄したように私には聞こえますが、総理、いかがでしょうか」首相:「…債務残高の対 GDP 比の引き下げ、これを安定的に実現する中で、必要に応じて PB の目標年度を再確認するということを申し上げました。これは、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑えて、政府債務残高の対GDP 比を引き下げていくということで、財政の持続可能性、これを実現して、マーケットからの信認を得ていく、確保していくということです……」。なぜ、PB の黒字化を巡る首相答弁に拘るのか。
もちろん、理由がある。奇しくも同じ日。内閣府は、政府の経済政策や予算編成の方向性を議論する経済財政諮問会議(議長・高市首相)の新しい有識者議員を発表した。4 人の有識者議員のうち筒井義信経団連会長は留任だが、残る 3 人は全員交代。新議員は若田部昌澄早大教授、第一生命経済研究所の永濱利廣首席エコノミスト、ディー・エヌ・エー(DeNA)創業者の南場智子会長である。若田部氏は第 4 次安倍晋三政権下の 2018 年 3 月から 23 年 3 月まで、日本銀行副総裁として黒田東彦総裁と共にアベノミクスを推進した「リフレ派」の学者。現下の日本では財政規律より経済成長を優先すべきとする永濱氏も、高市政権の経済財政政策の理論的支柱として知られる。経団連副会長でもあった南場氏は、労働力の流動化による生産性の向上が経済成長につながるが持論である。
先述の日経記事には、ドンピシャで永濱氏のコメント「黒字化に固執すると必要な投資ができなくなり、政権が掲げる『責任ある積極財政』の支障になる」が掲載されていた。そう、この「責任ある積極財政」が高市政権の経済財政政策のキーワードなのだ。もともと自民党には財政積極派の組織が 2 つある。第 1 に挙げるべきは、21 年 12 月に発足した「財政政策検討本部」である。▶︎
▶︎発足時の職名とその人物の現職(→○)を記す。本部長:西田昌司参院財政金融委員会筆頭理事(参院当選 4 回・旧安倍派)、幹事長:城内実前経済安全保障相(衆院 7 回・旧森山派)→経済財政相、事務局長:※中村裕之元農水副大臣(衆院 5 回・麻生派)→文部科学副大臣、顧問:高市早苗元経済安全保障相(衆院 10 回・無派閥)→首相、※古屋圭司元政調会長代行(衆院 12 回・無派閥)→選対委員長、世耕弘成前参院自民党幹事長(参院 5 回・衆院 1 回=旧安倍派)、萩生田光一元政調会長(衆院 7 回・旧安倍派)→幹事長代行、最高顧問:安倍晋三元首相(故人)、メンバー:※片山さつき参院金融調査会長(参院 3 回・衆院 1 回=旧安倍派)→財務相、佐藤啓元財務政務官(参院 2回・旧安倍派)→官房副長官。2 番目は、22 年 2 月に設立された「責任ある積極財政を推進する議員連盟」である。共同代表:※松本尚元外務政務官(衆院 2 回・旧安倍派)→デジタル相、※中村裕之(麻生派)→文科副大臣、副代表:※今枝宗一郎(衆院 5 回・麻生派)→デジタル兼内閣府副大臣、※小林茂樹元環境副大臣(衆院 4 回・旧二階派)→文科副大臣、幹事:※尾崎正直元国交兼復興政務官(衆院 2 回・無派閥)→官房副長官、三谷英弘元文科政務官(衆院 4回・旧菅グループ)→法務副大臣、顧問:城内実(旧森山派)→経済財政相、メンバー:※小野田紀美(参院 2 回・旧茂木派)→経済安全保障相、中谷真一(衆院 5 回・旧茂木派)→財務副大臣、根本幸典(衆院 5 回・旧安倍派)→農林水産副大臣、酒井庸行(参院3 回・旧安倍派)→国交・復興副大臣、青山繁晴(参院 2 回・無派閥)→環境副大臣、井林辰憲(衆院 5 回・麻生派)→党税制調査会「インナー」。
尚、※は総裁選で高市候補の推薦人。さらに高市氏は 10 日夕、首相官邸で自ら主導して立ち上げた日本成長戦略本部の下に同会議の第 1 回会議を開催した。官民連携での大型投資促進と、総合経済対策に盛り込むべき重点施策について論議した。本部長:高市首相、副本部長:木原稔官房長官、城内経済財政相(日本成長戦略担当相)の下で注目される構成メンバーは次の通り。(1)城内経済財政相、片山財務相ら関係閣僚、(2)エコノミストや AI 専門家を含む民間有識者、(3)筒井経団連会長、小林健日商会頭、芳野友子連合会長ら労使トップだ。
中でも目に付くのが、民間有識者カテゴリーのエコノミスト 2 人である。PwC コンサルティングの片岡剛士、クレディ・アグリコル証券の会田卓司両氏だ。特に元日銀審議委員の片岡氏は「積極財政派」のイデオローグとして知られる。同会議を経済政策の司令塔に位置付ける高市氏人事の好例である。高市首相にとって最初の高いハードルは物価高対策だ。25 年度補正予算編成で 14 兆円超の大盤振る舞いを、財務省の新川浩嗣事務次官・宇波弘貴主計局長ラインに高圧的に命じるのか。よもや 10 月 31 日の木原官房長官のような「タカビー」で臨むことはないと願うのは筆者だけではないはずだ……。
