「QTで総理が発言されたところが本当のところだと思います」。高市早苗首相周りに位置する人物から筆者へのメール返信の記述である――。かねて筆者は、高市首相が11月7日の一問一答で議論する衆院予算員会(委員長・枝野幸男元立憲民主党代表)で台湾有事に関し「存立危機事態になり得る」と国会答弁した理由を巡り新聞各紙の背景説明や解説に得心することはなかった。腑に落ちなかった、というべきか。
おさらいが必要だろう。与野党が総力を挙げて臨む国会論戦のなかで、主戦場となるのが衆参院予算員会である。初登板の高市氏に挑んだ立民の岡田克也元外相が質した。<首相は1年前の総裁選で中国による台湾の海上封鎖が発生した場合、「存立危機事態になるかもしれない」と発言した。どういう場合になると考えるか>。首相答弁は以下の通り。<首相は「例えば、台湾を中国政府の支配下に置くためにどういう手段を使うか。色々なケースが考えられる」と指摘し、「戦艦を使って武力の行使が伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」と明言した>。(<>内は読売新聞(8日付朝刊)4面記事からの引用)いみじくも岡田氏が質問冒頭で、高市氏は24年9月の自民党総裁選時に語っていると指摘したこともあり詳細を「国会会議録検索システム」に求めた。各紙が報じた首相答弁のフレーズ「戦艦を使って武力の行使が……」の前の岡田質問に対する首相答弁は、次のように記録されている。「(186高市早苗)その台湾に対して武力攻撃が発生する、海上封鎖というのも、戦艦で行い、そしてまた他の手段も合わせて対応した場合には、武力行使が生じ得る話でございます。例えば、その海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、こういった事態も想定されることでございますので、そのときに生じた事態、いかなる事態が生じたかということの情報を総合的に判断しなければならないと思っております……」。これこそが岡田氏の質問「(185岡田克也)どういう場合に存立危機事態になるのかということをお聞きしたいんですが、いかがですか」への高市氏答弁なのだ。
そして読売記事冒頭の<首相は「例えば、台湾を…」>は、実は首相答弁「(188高市早苗)先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って……」と、問題視されたフレーズに続くのである。要は、新聞各紙は首相答弁の順番に関係なく、使いたいフレーズを各パラグラフから摘出して合体させている。よって「高市答弁」の行間に潜む重要なニュアンスが否応なく欠落する。▶︎
▶︎次は、冒頭に挙げた「QTで総理が…」のQT(党首討論)に触れる。11月26日午後、国家基本政策委員会合同審査会で行われた党首討論で高市首相は、<7日の衆院予算委員会での答弁をめぐり、立憲民主党の野田佳彦代表から「真意を伺いたい」と問われ、首相は「台湾有事に限定して、シーレーン封鎖にも言及されての質問があった。政府のこれまでの答弁を繰り返すだけでは、予委会(の進行を)を止められてしまう可能性もある」などと主張した。
……>(朝日新聞27日付朝刊1面「党首討論、台湾有事『聞かれたので』―首相、答弁を釈明」見出しの記事)。この首相答弁を先の国会会議録検索システムで復元すると、その前段に以下のような答弁があったことが分かる。「質問者の方(岡田元外相を指す)が私の名前を挙げ、私の場合は、前回、二回前の総裁選のときに、フジテレビの番組(「日曜報道ザ・プライム」)の中で橋下徹さんから具体的に台湾有事などについて問われた、そのときに答えたことを申し述べられ、そして質問者の方から、台湾有事に限定して、またシーレーンの封鎖にということにも言及されての御質問がございました」。この後に、件の予算委員会云々が続く。 国会議員は全国民の代表であり、政府のこれまでの答弁を繰り返すだけでは議員の納得を得られず予算委員会の審議が止まってしまい、国民生活にも影響が出かねないので、「せっかく具体的な事例を挙げて(岡田氏に)聞かれましたので、その範囲内で私は誠実にお答えしたつもりでございます」と言い放ったのだ。高市氏の本音はズバリ、「してやった!」である。
満を持して答えた。なぜ、そこまで言い切れるのか、と問われそうだ。皮肉なことにその後の朝日新聞(13日付朝刊)が証明している。「首相台湾有事答弁 応答要領になし―内閣官房開示、個人の判断で 政府見解踏み越え持論」の見出し付記事はこう書いた。<台湾有事答弁について、事前に内閣官房が作成した応答要領では「台湾有事という仮定の質問にお答えすることは差し控える」などと記されていたことがわかった> 批判の集中砲火を浴びた高市氏答弁は、皮肉にも「朝日」のスクープによって「アドリブ」(持論)であることが証明されたに等しい。問題視すべきはその真贋でなく、答弁内容である。なぜならば、高市氏は確信犯であるからだ。自維連立政権下最初の衆院予算委員会で敢えて日本維新の会創立者・橋下徹氏の名前を交えて答弁したのは、同党の吉村洋文代表(大阪府知事)=藤田文武共同代表に対する牽制でもあった。狡猾と言っていいかもしれない。台湾有事(=存立危機事態)に関する一連の発言は、言葉遣いに多少の違いがあるが、ほぼ終始一貫している。26日のQT直後、識者が新聞に寄せたコメントには「不用意な発言」「軽率発言」など厳しい批判が過半を占めた。それでも高市氏の「疾風怒濤のハレーション」路線に陰りは見えない。繰り返す。なぜならば高市氏は、台湾有事は決して絵空事ではないと固く信じているからである。冒頭のメールにあった「QTで総理が発言されたところが…」は、まさに本当だった。
