<首相、衆院解散検討―2月上中旬 投開票、23日通常国会冒頭に、「責任ある積極財政」問う>の大見出しを掲げた読売新聞(1月10日付朝刊)1面の衝撃が冷めやらぬ翌日の日本経済新聞(11日付朝刊)の記事を読み、それまでは解散の見立てを書くつもりでいたが、予定を変えた。
それは、「日経」5面掲載の名物連載「風見鶏」のことだ。同紙欧州駐在編集委員の赤川省吾氏の「『西側』でなくなる米国」と題したコラムである。<欧州の対米不信が極まった。アメリカ大陸以外への関与を減らすモンロー主義への回帰だけが理由ではない>で始まる同氏コラムにある指摘に目が留まったのだ。次のような件であった。 <…中央銀行の独立性を脅かし、議会に説明せずにベネズエラを攻撃した。いま欧州の中銀首脳と会うと「ドル基軸の終わり」がもっぱらの話題だ>。この「ドル基軸の終わり」が筆者の脳の海馬を刺激した。
昨年末、米誌『FOREIGN AFFAIRS』(September/October 2025)に掲載された論文「America’s Coming Crash-Will Washington’s Debt Addiction Spark the Next Global Crisis?」(迫り来る米国の崩落―ワシントンの債務依存は、次の世界危機を引き起こすのか?)をワシントン在住の学究の知人が送ってくれたのだ。著者のケネス・S・ロゴフ氏は、米ハーバード大学経済学教授であり、外交問題評議会(CFR)の上級フェローである。国際通貨基金(IMF)のチーフ・エコノミストも務めた。昨年後半、米国の政・官・学界関係者の間で最も読まれた論文と、その知人のコメント付きだった。 愛用のピンクのマーカーで線引きした同論文の箇所を、以下に列記する。<(総債務が37兆㌦に達する米国は)2024会計年度において国防費支出8500億㌦を上回る8800億㌦を利払いに費やす><米国債を保有することの安全性に対する懐疑は、米ドルに対する関連した疑念も生み出した><高金利、すでに目もくらむような水準に達している債務、政治混乱、さらには連邦準備制度(FRB)の独立性への挑戦が重なる中で、新たな経済ショックが、より広範な崩壊を引き起こす現実的なリスクが、いまや存在している><米国債が金同様に安全であるとの前提でそれを保有していた世界各国の中央銀行にとって、1933年のこのデフォルト(フランクリン・ルーズベルト大統領による米国債の金条項破棄)は、極めて痛みを伴う出来事であった> さらに続く。<16世紀のスペイン、17世紀のオランダ、19世紀の英国のいずれの場合を見ても、近代史において、超大国であることなしに基軸通貨を維持できた国は存在しない。…21世紀の最初の4分の1にわたって、共和、民主両党が進めてきた債務政策は、勝算の低い巨大な賭けに等しい><債務危機は米国、世界経済、そして基軸通貨としてのドルの地位にとって、不安定化要因となるだろう。これを放置すれば、米国の国際的地位は徐々に蝕まれていく可能性がある> 同論文でも言及された米金融最大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)が昨年5月に警告した「債券市場の亀裂」、すなわち債務危機は米国債に対する投資家の信認の崩壊であり、ある日突然の金利急騰を意味する。高金利・高債務の煉獄状態と、ロゴフ教授は結論づける。
筆者は年末・年始、信を置く霞が関関係者が強く推すもう一つの論文を興味深く読んだ。慶應大学法学部の森聡教授が、新潮社の会員制政治経済ニュースサイト『Foresight』(12月19日)に執筆した「第2次トランプ政権の2025年国家安全保障戦略を読む(前・後編)」である。外務省OB(1996年入省)の森氏は、米コロンビア大学ロースクール修士課程修了、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)のキャリアを持つ。内閣官房国家安全保障局政策参与・シニアフェローを歴任し、中曽根平和研究所上席研究員も兼ねる。▶︎
▶︎こちらはイエローのマーカーを手に読んだ。前者同様、線引きした箇所をピックアップする(注:同書で第2次トランプ政権の2025年国家安全保障戦略を「NSS2025」と表記しているので、本稿もそれに倣う)。 <NSS2025の起草者らは、大統領のアメリカファーストに「帰依」した者たちである。実質的な原案作成に当たったのは、国家安全保障会議(NSC)戦略企画担当上級部長だったケヴィン・ハリントンと、国務省政策企画局長だったマイケル・アントンだと伝えられている><NSS2025の根底には、反グローバリズムの安全保障観がある。……アメリカの対外関与のあり方全体が過ちであったという見解を示しており、いわゆるリベラル国際主義に基づく対外政策路線をより広範かつ根底から否定しているのが大きな特徴である><国内政治上の含意、端的に言えばMAGAをはじめとする大統領の支持勢力の利害に十分配慮しながら監修・調整されたもの。……抑制主義者(restrainers)の路線に終始しているわけではなく、特にインド太平洋に関するセクションは、優先主義者(prioritizers)の政策路線が反映される形でとりまとめられた>もう少し加える。<「我が国の本土」や「地理的要衝へのアクセス」よりも先に「西半球におけるアメリカの優位」を掲げていることから、地域覇権の再確立それ自体が戦略目標として理解されている><本土・国境の防衛という観点からは、大量移民と麻薬密輸の阻止、パナマ運河(やグリ-ンランド)といった戦略的要衝地の支配が重視されており、おそらくベネズエラへの圧力政策もこうした文脈の中に位置づけられる><(中国については南シナ海で)「潜在的な敵対勢力」という言葉で間接的に言及するに留まっている。……(台湾に関するパラグラフでは「侵攻」という言葉は登場せず)「台湾をめぐる紛争の抑止が優先課題」というフレーズが使われており、この問題で中国を必要以上に刺激しない大統領の方針が垣間見える> 通読するだけでも分かるように、1月3日未明の米国によるベネズエラへの軍事作戦・マドゥロ大統領拘束決行は、たとえベネズエラの「石油利権」を取り戻すためであったにしても、昨年12月5日にトランプ米政権が発表した「国家安全保障戦略(NSS2025)」で紛れもなく示唆さていたのだ。
こうした森教授の手に成る詳述分析に接すると嬉しくなる。なぜか。筆者は、引用冒頭に挙げた原案作成の作業に当たったアントン前国務省政策企画局長が、保守思想家カーティス・ヤーヴィン氏の影響下にあるトランプ政権内の「暗黒啓蒙思想」グループの一員であると、昨年、本連載で書いているからだ。もう一人の原案作成者ハリントン前NSC戦略企画担当上級部長は国防総省に異動したというが、現在の肩書に公開情報からはたどり着けない。いずれにせよ、米国の国家戦略を読み解くことがこれまで以上に必要な時代になったことだけは間違いない。
