英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のコラムニスト、ジリアン・テット(Gillian Tett)さんは、世界で指折り数えられる極めて優秀なジャーナリストである。筆者は、同女史がFT東京支局長時代の1990年代後半、かなり頻繁に会っていた。当時、外務省は密かに同女史を「Criminal A」(要注意人物)扱いに指定していた。表沙汰にされたくない事案をスッパ抜くからだ。四半世紀以上経った今も筆舌鋭い記事を書く。最近のコラム(2月6日付)「Trump and the normalisation of deviance-Allowing dangerous behaviour to become the norm desensitises us, paving the way for disaster」は、ドナルド・トランプ大統領に対して強烈なアッパーカットとなったはずだ(注:日本経済新聞2月13日付のオピニオン欄に全訳が掲載されている。見出しは「米国『逸脱の常態化』の危機」である)。記事の冒頭を紹介する。<米ヘッジファンド大手シタデルの創業者で大富豪のケン・グリフィン氏は市場の異端児と見られてきたが3日、政治的にも異端といえる発言をした。……トランプ大統領率いる現政権は「自分たちの家族をどんどん裕福にするために(very, very enriching to the families of those in the administration)、次々と決定や方針を打ち出している」と苦言を呈した> これまで公然と大統領を指弾する著名な経営者は皆無だった。グリフィン氏は半端ない大富豪(純資産512億㌦・約7兆8000億円)であり、且つフロリダ州デイトナビーチ出身の共和党員でもある。印象派の巨匠ポール・セザンヌやポップアートの先駆者ジャスパー・ジョーンズの原画を多く保有するだけなく、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の有力財政支援者という文化人の側面もある。シカゴ交響楽団のスポンサーでもある。
しかし2024年大統領選の共和党予備選ではトランプ氏に反旗を翻したニッキー・ヘイリー元国連大使を推した。第2期トランプ政権誕生後の高関税政策にも強い批判を繰り返してきたので、トランプ氏側からそれこそ「要注意人物」扱いされているかも知れない。それにしても、である。テット氏の説明はこうだ。1986年のスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故を受けて、米NASA(航空宇宙局)から原因究明を依頼された社会学者のダイアン・ボーン教授が辿り着いたのは、誰も気に留めなかったゴム製リングに僅かな隙間があったことだ。同氏は続けて言う。<米政治経済を侵食しつつある亀裂が、いずれは爆発的な危機に発展する可能性は十分にある> そして<最高経営責任者(CEO)はグリフィン氏に続くべきだ。特に現状がいかに常軌を逸脱しているかを認識し、それに声高に異を唱えることが重要であり、そうする道徳的責務を負っている。そもそもCEOたちが活力に満ちた資本主義を守りたいと考えるのであれば、それは自らの利益にもつながる問題だとみるべきだろう>と結論付ける。得心だ。
さて、筆者が特筆に値すると判じるテット氏の記事は他にもある。1月9日付のFT「米の石油戦略は時代錯誤」(原題は「What lies behind Trump’s retro oil plundering?」。引用は日経新聞1月16日付のオピニオン欄掲載の記事から)である。これまた秀逸な記事だった。記事冒頭でこう書いている。<2025年12月にオーストラリアの投資家クレイグ・ティンデール(Craig Tindale)氏が発表した論文が、金融業界の一部とホワイトハウスで物議を醸している。そのエッセーには「物質重視への回帰の必要性―工業軽視で弱体化する西側民主主義諸国」という耳障りなタイトルがついている>
そして以下に続く。<ティンデール氏の主張の要点は、西側のエリートがスイスの情報機関が指摘するような「認知バイアス」にとらわれて、サービス分野の活動に過度に執着し、工業分野を軽視してきた、というものだ。(中略)おかげで中国は、ほぼ抵抗されることもなく世界中のサプライチェーン(供給網)に参入することができ、それらを支配するに至ったというわけだ>▶︎