全く想像もしていなかった人物の名前が「首相動静」に記載されていたので、本当に驚いた。米国とイスラエルの合同軍事作戦によるイラン空爆が続く3月5日について、「同日午後3時20分から同45分まで、米データ解析大手パランティア・テクノロジーズのピーター・ティール会長らの表敬」とあった。産経新聞は「高市日誌」脇のベタ記事でこう書いている。<高市早苗首相は5日、米データ解析大手「パランティア・テクノロジーズ」会長で著名起業家のピーター・ティール氏と官邸で面会し、日米の先端技術分野について意見を交わした。パランティア社は人工知能(AI)を用いた製品を米国防総省や情報機関に提供しているとされる。ティール氏はトランプ米大統領と交流がある>
当然ながら、この時期にあのティール氏が高市首相を表敬して、果たして日米の先端技術について意見を交わしただけだったのかと、筆者は疑問を抱いた。この日を遡る6日前の2月27日、トランプ米政権はAI開発企業アンソロピックの技術を米連邦政府全体(政府調達)から排除すると表明した。そもそもは1月の米国のベネズエラへの軍事攻撃で、パランティア社のメーブン・スマート・システム(MSS)を介して機密システムで利用可能なアンソロピックの生成AI「クロード(Claude)」が使用されていたことを米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)がスクープしたことに端を発している。アンソロピック創業者のダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)は自律型兵器へのAI利用に懸念を抱き、同社技術の軍事利用を巡ってピート・ヘグセス国防長官と鋭く対立した。ヘグセス、アモデイ両氏の公開論争は米国の政・経・学界を巻き込みエスカレート、メディアの格好の餌食となった。
そうした中で、トランプ氏がアンソロピックを「正気を失った左翼の狂信者」と罵ったこともあり、企業価値7300億㌦(約115兆円)でアモデイ氏の古巣でもあるオープンAI創業者サム・アルトマンCEOは、この間隙を突いてアンソロピックが昨年7月に国防総省(ペンタゴン)と契約したAI提供2億㌦(約315億円)受注を奪取した。アルトマン氏はAIビジネスの将来を巡ってケンカ別れしたアモデイ氏を絶対許さない、一方のアモデイ氏は権力にすり寄るアルトマン氏を忌避する対立構図だ。英誌エコノミスト(3月6 日号)の記事「Anthropic’s boss apologises for bashing Pentagon―but still plans to sue」の指摘は正しい。<……アンソロピックに対する米政府の仕打ちは、国力を左右するツールとしてAIをどれほど重んじているかを物語っている。政府はAIの利用方法について明確なルールを定めようとするどころか、あえて懸念を提起した企業を見せしめにしている。自国のイノベーションを阻害する可能性があるにもかかわらずだ>(訳文は日経新聞3月10日付から)。 奇しくも冒頭の「首相動静」は朝日新聞(6日付朝刊)だが、同紙3面右肩に「米企業アンソロピック、政権の制限緩和要求拒む―『AI軍事に使わせない』共感、一般利用急増『安全後回し 考え直す契機に』」との見出し付で、次のように書いている。<アンソロピックの姿勢に、市民の支持は広がっている。対話型AIクロードは一般利用が急増し、アップルの無料アプリランキングで、ChatGPTを抜いて米国内首位に立った。人気歌手のケイティ・ペリー氏がクロードを定期契約したことを示す写真をX(旧ツイッター)に投稿するなど「アンソロピック支持」の熱狂が広がる> ▶︎
▶︎そして勢いづくアンソロピックは9日、ペンタゴンが同社を「国家安全保障上のサプライチェーンリスク」に指定したことは違法だとして、差し止め訴訟を起こした。今や、「Stop GPT」運動が国民レベルに浸透し始めつつあるという。トランプ氏の度し難い発言から朝令暮改の政策をフォローし続けなければならない身からすると、このような記事に「いいね」をあげたい。
さて、本題に入る。当連載でも何度か取り上げているピーター・ティール氏である。ティール氏が創業した防衛企業のパランティア・テクノロジーズは件のアンソロピックと提携関係にある。ティール氏は西海岸シリコンバレーに拠点を置く多くのIT企業を支援し、有力なスタートアップを世に出したことは言うまでもない。同地で隆盛を誇る「Tech Right(テック右派)」の教祖である。2010年代半ばに「テクノ・リバタリアンの教祖」とも言われた。加えてJ・D・バンス副大統領と極めて親しいティール氏が今月19日に米ホワイトハウスでトランプ大統領と会談する高市首相を表敬したのは、表沙汰にできないミッションを携えていたに違いないと考えて、外交・安保関係者の知己に探りを入れた。このタイミングでの同氏の官邸表敬にも驚いたが、同氏来日の真相に辿り着いた時の驚きは瞬時、言葉を失ったほどだった。知ってみれば、その程度でしたか、という「解探し」によくあるパターンである。ティール氏は「文藝春秋」の2、3月号に「世界の終わりへの航海(Voyages to the End of the World)」と題した尾田栄一郎の長編漫画「ワンピース」論を寄稿した縁から、同社企画で5月号向けにフランスの著名な人口統計学者エマニュエル・トッド氏との対談が実現した――というのが真相である。因みにトッド氏の母方祖父は著名な小説家・ジャーナリスト・政治活動家であるポール・ニザンだ。文藝春秋西館で行われた座談会は、昨年来、宗教色を強めるティール氏の饒舌を通して宗教観から、歴史観、そして世界観まで、それこそテンコ盛りだったという。文春側が招いた聴衆者約50人の中には、相当数の大手企業経営者や主要省庁の現・元事務次官らも含まれたが、一様に感心しきりだったと聞く。それはそうだろう。超億万長者のティール氏はトッド氏との対談のためプライベートジェット機で3、4人のボディガードと事務所スッタフ数人(ワンピース論の共同執筆者のサム・ウルフ氏を含む)を同行しての来日であり、ライフスタイルの桁が圧倒的に違う。仄聞するところでは、日本大好きの同氏は東京の地名不詳だがある場所に、今現在、自宅を新築中とのこと。さぞかし超絶の豪邸だろう。最後に、ひとつだけ気がかりがある。それは、同氏の目つきが常人ではなかったとの印象を抱いた人が少なくなかったことである。異才、奇才の類はそうかも知れない。
