5月5日午後7時44分、高市早苗首相は4泊5日のベトナムとオーストラリア外遊を終えて、政府専用機で羽田空港に帰国した。同首相はベトナム滞在中の2日午後3時15分(現地時間)から25分間、首都ハノイにあるベトナム国家大学ハノイ校で、「進化した『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP)~共に、強く豊かに」と題した外交政策スピーチを行った。新聞各紙は以下のような見出しを掲げて報じた。「『インド太平洋』連携拡充―首相外交演説、経済安保重視」(読売新聞3日付朝刊、以下同じ)、「経済安保重点 新外交方針―首相、ベトナムの原油調達支援へ」(朝日新聞)、「インド太平洋 供給網強く―首相が新外交方針、経済安保に重点」(日本経済新聞)。各紙報道にあるように首相演説のポイントは、安倍晋三首相(当時)が2016年8月にケニアの首都ナイロビで開かれた第6回アフリカ開発会議(TICAD)で提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」の、言わば改訂版である。
それは、手元にある演説資料(A4版7枚)、外遊同行記者向けの貼り出し(同2枚)、別途PDFの首相外交政策スピーチ(全文・同9枚)を読むと、高市版新FOIPが安倍版FOIPを進化(バージョンアップ)した改訂版であることが理解できる。当然だ。この10年間に世界情勢は、インド太平洋地域だけに限っても、中国の「一帯一路」構想の進展に象徴される経済・軍事・技術大国化が予想を超えるスピードで実現した。世界一の人口とAI(人工知能)を含むIT強国の道を駆け上がるインドの台頭などもあり、日本はこれまで通り「力による現状変更反対」「法の支配の徹底」など、綺麗事だけを言っているだけでは周回遅れどころか、2周も3周も後れを取っているとの自覚を余儀なくされた。読売報道(同日付)3面掲載「東南アと『相互依存』強調―中国にらみ具体的支援策」の見出し付記事の一端を再録する。<首相が連携強化の具体策として前面に押し出したのは、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続く中で先月打ち出した100億㌦(約1.6兆円)の金融支援の枠組み「パワーアジア」だ。イラン情勢の悪化を「日本の覚悟を試す出来事」と位置付け、原油の調達支援などに緊急で対応していくことを説明した。……> FOIP進化に向けたいわゆる「重点3分野」である。①エネルギー・重要物資のサプライチェーン強靭化を含む「AI・データ時代の経済エコシステム構築」②「官民一体での経済フロンティアの共創」と「ルールの共有」③地域の平和と安定のための「経済安全保障分野での連携」の拡充 これまた字面通り受け止めても、ピンと来ないと応える向きが多いに違いない。由ってここから筆者は高市スピーチの違うパートに目を向けたい。冒頭でベトナム中部太平洋側の世界遺産ホイアン旧市街の「日本橋」を挙げて、<400年を越える時を刻んできたその橋は日本とベトナムの長年にわたる交流を物語るもの>とした上で次のように語っている。
<400年以上前、南シナ海から台湾海峡、そして東シナ海へと、日本人とベトナム人はダイナミックに交易をしていました。「自由な海」、「開かれた海」の恩恵を、共に享受してきました。私たちほど、その価値を理解しているパートナーはいない。その想いが、2013年、政権発足最初の外遊先として、安倍晋三総理をベトナムへといざなった。そう考える時、私もまた、早くベトナムを訪問したい。就任以来、そう考えてました。そして本日、長きにわたる両国の交流の歴史を、次の時代へと繋ぎ、一層発展させていく。その大きな役割を担う学生の皆様、ベトナムそしてアジアの未来を担う皆様の前で、こうしてお話できることを、誠に光栄に感じます> そう、高市氏は一にかかって自分こそが故安倍晋三氏の後継者であることを改めて国内外に知らしめる格好の場として、この地を選んだのではないか。 今回の首相訪越・豪州のハイライトが外交政策スピーチだと聞いたときに、ふと筆者の頭を過ったのは、2014年7月に安倍首相が南米歴訪中に滞在先のチリの首都サンティアゴで同行記者団との「内政懇談」で語った内容である(不思議なことに歴代政権は総理外遊中に内閣記者会と「内政懇談」を行うことが慣習となっている)。同年9月3日に安倍首相は内閣改造・党役員人事を断行、永田町ウォッチャーの予想を覆し谷垣禎一前法相を自民党幹事長に起用するサプライズ人事を行った。
すなわち、7月31日午前のサンティアゴでの会見の関心は焦点の幹事長人事について安倍が何と答えるかに集中していたのだ。ところが、煙に巻くかのように「人事はアンデスの雪のように白紙だ」と答えた。同行記者団に安倍氏が胸中に秘めた狙いを理解した者は皆無だった。安倍氏の母方祖父・岸信介元首相が1960年安保騒乱で、大野伴睦副総裁から約束した政権移譲を迫られた時に「白さも白し富士の白雪」と断った“史実”を念頭に置いた発言だ。時代背景、人物構成、状況設定が違うとはいえ、ある面での相似形はあったと言える。岸は「白雪」発言の前に自分の後継者(候補)を大野伴睦や河野一郎元農相といった「旧世代」から、当時の「新世代」池田勇人通産相(元首相)に乗り換えていた。祖父を敬愛して止まない安倍氏は「岸信介研究」を怠らず先例に従い、幹事長続投を求めた石破茂氏(前首相)から土壇場で谷垣氏に乗り換えた。岸がタカ派の親分なら、池田はハト派宏池会の頭目だった。総裁経験者の谷垣氏を幹事長に起用したことは、万が一の時の「次」は谷垣氏であり石破氏ではないとの安倍首相の意思表示でもあった。▶︎
▶︎それだけではない。リベラルで知られる谷垣氏の起用は、安倍氏がウィングを左に広げることで翌15年9月の自民党総裁選での無投票・再選を企図していたことを示す。実際、14年末には東証の日経平均株価は1万7450円まで上昇したこともあり、安倍氏は同年11月21日に衆院を「アベノミクス解散」し、第47回総選挙(12月2日公示・14日投開票)を断行した。そして自民、公明両党で衆院定数3分の2(317議席)を上回る326議席獲得の圧勝を掌中に収めた。安倍氏は岸氏から故事を多く学んだが、その一つが「解散時期は力があるときに決断すべき」というものだった。さて、筆者が長々と「安倍ストーリー」を述べたのにはもちろん、理由がある。高市氏が主要政策の決定、政局節目の決断など何事につけて自らが安倍路線の継承者であると言い募るからだ。だが、残念ながら高市氏は未だ「正統後継者」とは言い難い。
確かに、家元の安倍版FOIP構想が始動したのは、第3次安倍改造内閣時(2016年1月当時)の外務省にあってコンセプトメーカーとして秋葉剛男総合外交政策局長―市川恵一同局総務課長ラインの存在に負う(秋葉氏が政務の外務審議官に昇格後も同じライン)。その頃総務相だった高市氏はよく秋葉総政局長を招いて、個人的に外交安保政策のブリーフィングを受けていたとの証言がある。秋葉氏は外務事務次官、国家安全保障局長を経て現在、内閣特別顧問。市川氏も北米局長、総合外交政策局長、官房副長官補を経て現在、国家安全保障局長。その後の人脈は今日に繋がる。だが、問題視すべきはそこではない。高市氏には安倍氏における岸信介がいない。安倍氏の「白さも白し富士の白雪」のような意味深の言葉の蓄積がない。政治家一族出身でありながらも安倍氏には少なからず政局の修羅場に身を置いて血肉化した知見と経験があり、且つ持って生まれた健康問題による挫折経験もある。
一方、高市氏の政策勉強への強い拘りは異常と言っていいほどであり、ストイックなライフスタイルは近年稀な保守政治家である。数多い引き出しには、自らが立案した主要政策案から記憶に残る数少ない官僚名までが整理整頓されている。要は、絶滅危惧種的な真面目人間なのだ。自民党ではこのような資質のリーダーの元に人が集まらない。しかし聞き及ぶところでは、大型連休明けの5月中旬以降、先の衆院選初当選の「高市チルドレン」だけではなく、当選2~3回生を含む50人超規模の高市グループ「国力研究会」が発足するという。何と志公会(麻生派・衆参院60人)領袖の麻生太郎副総裁がその最高顧問に就くというのだ。今特別国会閉会後の7月半ばに内閣改造・党役員人事が実施される可能性大である。安倍氏に倣って、おそらく高市氏は麻生氏義弟の鈴木俊一幹事長を交代させるなどサプライズ人事で求心力の維持・拡大を目指す。果たして高市氏の野心は実を結ぶのか、筆者の高市ウォッチングは続く。
