前週当コラムでドナルド・トランプ米大統領が中国国賓訪問(5月13~15日)の随員に次男エリック&ララ・トランプ夫妻を加えたのは、「何も(エリック氏の)仮想通貨ビジネスの中国展開を企図しているのではなく、トランプ王朝の有力後継候補を習近平王朝の国王にお目もじ頂くためだったのではないか」と書いた。どうやら図星だった。14日夜、北京市内の人民大会堂で習近平国家主席(中国共産党総書記)主催のトランプ大統領歓迎晩餐会が催された。翌15日夕方、筆者の手元にその席次表が届いた。中国側がそのようなプレスサービスを行うことは絶対にない。
では、いかにして入手したのか。中国中央電視台(CCTV)が生中継していたが、習主席の「偉大さ」をアピールするのが主目的である。然るに当夜、晩餐会のために設営された正餐式円卓テーブル(12人着席)7台に着席した招待客(米中合わせて約80人)はいったい誰なのか?といった解説付きテレビ中継ではなかった。先に答えを言う。この中継画像の録画ビデオを繰り返し観ることで「人定」(警察用語で、人物を特定すること)に至ったのは、英ロイター通信北京支局の面々である。米中両国の要人の面割りができる支局員と現地スタッフの地道な作業を通じて、メインテーブル【テーブル1】を始め、テック・電気自動車業界の【テーブル3】から金融・宇宙業界の【テーブル7】などの「人定」を翌日の昼前に終えていたと聞く。言わばその「成果」の一部を、筆者はお裾分けとして頂いたのだ(そのルートは問わないで欲しい)。 当然ながら最大関心事は、【テーブル1】の席次であった。ホストの習氏の右隣にゲストのトランプ氏、そしてトランプ氏の右隣が「チャイナセブン」(習氏を頂点とする共産党政治局常務委員7人の呼称)ナンバー2の李強首相、さらに右隣にマルコ・ルビオ国務長官、その右に王毅外相(政治局員)。ここまで外交儀礼(プロトコル)上、問題無しだ。次は、習氏左隣のデビッド・パデュー駐中国米大使(元ジョージア州選出上院議員)である。対中強硬派とされた同氏は国際ビジネスマン出身でもあり、現実派である。それ故なのか同日午前の米中首脳会談でも、トランプ氏の右隣に座り、真向かいが王毅氏だった。パデュー氏の左隣に習氏最側近の蔡奇政治局常務委員、その左には何立峰副首相(政治局員)、その左隣がスコット・ベッセント財務長官、そして左側のどん尻が謝鋒駐米中国大使だ。肝要のトランプ氏から見て右側に着席した人物紹介が未完であった。実は王毅氏の右隣にエリック・トランプ氏、その右隣にララ夫人が着席していた……。エリック夫妻以外で国内外のチャイナウォッチャーの関心を集めたのは、“序列が全ての国”で中国共産党政治局員(24人)でもない謝鋒駐米大使がなぜメインテーブルに着席したのか、その「理由」が分からないからだ。
そう、エリック氏のトランプ訪中同行と無関係であるはずがない。謝氏の左側は招待客2人分のスペースがある。しかしトランプ氏から右側を辿ればエリック夫妻が座っている。すなわち、円卓を挟んでエリック氏の真向かいにベッセント氏、ララ夫人の斜め向かいに謝氏が位置する。この一事を以ってチャイナウォッチャーは今後、同駐米大使を「要注意人物」として傾注の対象に格上げすることになった。
そもそもプロトコル上、説明できない大統領随行に加えて招待した当事者を、中国側が最恵待遇で接遇する――もはや外交の領域を超えていると言わざるを得ない。決定的な確証はないが、ワシントン外交団にあって、長男ドナルド“ドン”Jrを含むトランプ・ファミリーと厚い交誼を結んだ唯一無二の外交官が謝鋒氏なのかもしれない。ロイター通信の努力で判明した【テーブル7】は、以下の通り。米側:ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEO、シティグループのジェーン・フレイザーCEO、マスターカードのマイケル・ミーバックCEO、VISAカードのライアン・マキナニーCEO、ボーイングのケリー・オルトバーグCEO。中国側:中国工商銀行の廖林会長、中国銀行の葛海蛟頭取、中国国際航空の劉鉄祥会長で、残る5席者名が不詳(18日時点で「人定」に至っていない)読者は、14日の習氏主催晩餐会席次の重要性を改めて理解されたと思う。次は、時計の針をほぼ48時間巻き戻す。日時は5月12日午後7時、場所は東京・赤坂の在日米国大使公邸(通称「マッカーサーハウス」)で催された夕食会である。主催したのは、先述のベッセント財務長官。▶︎
▶︎当夜の夕食会に招かれたのは約30人のビジネス界のリーダーである。そして筆者は、ベッセント氏が着座するヘッドテーブル(7人掛け)の着席者名も入手している。正確な席次を明らかにすると問題視される懸念があるので、同テーブルに着座した人物名のみ挙げたい。三菱UFJフィナンシャル・グループの亀澤宏規取締役執行役会長、三井住友銀行の福留朗裕頭取CEO、みずほFGの木原正裕社長CEO、野村證券ホールディングスの奥田健太郎社長CEO、トヨタ自動車の近健太社長CEO、そして非経済人の船橋洋一国際文化会館グローバル・カウンシルチェアマン(元朝日新聞主筆)の6人。当夜、船橋氏同様にビジネス界リーダーとしてではなく、ベッセント氏とは長年の知己として招かれたのがホークスブリッジ・キャピタルの高橋精一郎代表取締役CEO(元三井住友銀行副頭取)である。異業界に身を置く船橋、高橋両氏は共に、2012年後半にベッセント氏が伝説の投資家、ジョージ・ソロス氏の右腕としてソロス・ファンド最高投資責任者(CIO)を務めていた頃に交誼を深めている。今回の米中首脳会談を含め、一連の米中貿易交渉では米国発の際立った記事(情報・分析)で名を馳せた日経新聞の河浪武史ワシントン支局長が、昨年秋に刊行した『円ドル戦争40年秘史―なぜ円は最弱通貨になったのか』(日本経済新聞出版)で、その関係の一端を明かしている。
<ベッセントはヘッジファンドの運用責任者だった際に、ジャーナリストの船橋洋一を通じて「アベノミクス」の政策人脈に食い込んだとされる。私との対話でも船橋の代表作である『通貨烈烈』を挙げながら米国と日本、ソ連、中国との経済史を端的に解説した。同書は1985年のプラザ合意から87年のルーブル合意まで円とドル、マルクを巡る日米独の攻防を詳述した大作であり、実はベッセントの愛読書だった> 不覚ながら、この河浪本の存在は知らなかったが、それは措く。では、なぜトランプ氏訪中時の「席次表」から、ベッセント氏の近過去に確立した日本人脈にまで話が飛ぶのか。
もちろん、理由はある。先の米国大使公邸でのヘッドテーブル着席者を想起して頂きたい。当該夕食会の2日後の日経新聞(14日付朝刊)1面トップに「3メガ、AI『ミュトス』活用―日米でサイバー防衛、日本企業初」の見出しを掲げた記事リードは、以下のような書き出しで始まる。<三菱UFJ銀行など3メガバンクは早ければ今月にも、米新興企業アンソロピックが開発した新型人工知能(AI)モデル「Claude Mythos(クロード・ミュトス)」へのアクセス権を確保する。日米で連携して高度なサイバー攻撃に備えた金融システム防衛を急ぐ>本文冒頭はこう報じた。<三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行は来日したベッセント米財務長官との12日の会合で伝達されたもようだ。日本企業がミュトスを正式に活用するのは初めて> ここまで読めば、12日夜の夕食会で同じテーブルに座った亀澤、福留、木原の3メガバンクトップに対し、ベッセント氏自ら直接説明したことの持つ意味が理解できるはずだ。もとより三菱UFJフィナンシャル・グループの亀澤氏、そして三井住友FGでは中島達社長CEOと福留三井住友銀行頭取は金融業界にあって「ミュトス」活用に積極的とされた。取り分け、亀澤氏は東京大学理学部数学科、中島氏が同大学工学部精密機械工学科卒業であり、両氏は俗に言う「理系の経営トップ」の絵に描いたような成功例である。
一方、母校の米東部アイビリーグの名門、エール大学で教壇に立った経済史家としての顔を持つベッセント氏は、「知」への強い想いを胸に抱く側面を持つ。こうしたファクトは、今後の日米関係を考える上で極めて重要である。米国社会の分断に目を向けるとき、トランプ政権要路に影響力がある著名投資家のピーター・ティール氏の名前が頭を過る。日経新聞の紙面にほぼ毎日、その企業名が載るパランティア(高レベルの防衛産業)、Open AI(人工知能を開発企業)、Pay Pal(オンライン決済サービスの先駆け)の共同創業者であるティール氏は大富豪であり、保守主義のリバタリアン(自由至上主義者)である。さらに熱烈なキリスト教徒でもある。トランプ政権内の「ティール主義」信奉者は、J・D・バンス副大統領を筆頭に少なくない。トランプ氏訪中の随行団にその信徒を探すと、大統領が絶大な信を置くスティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策)、バンス氏側近のロバート・ガブリエル大統領副補佐官(国家安全保障担当)、AI・科学技術政策をリードするマイケル・クラツィオス科学技術政策局(OSTP)局長の名前が挙がる。筆者の推測はこうだ。今や思想家であるティール氏のリバタリアニズムに対し、ベッセント氏が目指すのはブレトンウッズ体制の再生・再編にあるのではないか。為替至上主義者でもある同氏は、中国を念頭に「第2のプラザ合意構想」を志向しているとの指摘に得心する。
