高市早苗首相のキャッチフレーズを一言で言い表すと、「強い経済と強い外交」である。何事についても「強い○○」に拘るというか、憧れる。趣味からしてそうだ。ティーンエージャーの頃からスポーツバイクのカワサキ「Z400GP」を乗り回し、長年の愛車はトヨタA70型「スープラ」のGTツインターボ仕様。ボディーはパールホワイト、内装は赤色というこだわりようだ。それだけでない。ヘビーメタルやハードロックをこよなく愛し、中学・高校時代はイギリスのロックバンド「ディープ・パープル」のコピーバンド、大学時代はドラムを担当した。4月10日には、公演で来日したメンバー4人が首相官邸を表敬訪問し、懇談している。 ヘビメタ好きでかつてバイクと限定スポーツカーを駆った高市氏は、世界広しといえども唯一無二のネーションリーダーだろう。高市氏が傾注する主要政策「高市アジェンダ」で、まずは「強い外交」を発信した具体例を挙げる。首相のベトナム、オーストラリア訪問(5月1~5日)で、「新外交政策」発表の場として用意されたのが、2日にレー・ホアイ・チュン外相も出席するなか、ベトナム国家大学ハノイ校で行われた外交演説だった。「進化した『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP)~共に、強く豊かに」と題したスピーチで、高市氏は重点3分野(①エネー・重要物資のサプライチェーン強靭化を含む「AI・データ時代の経済エコシステム構築」、②「官民一体での経済フロンティアの共創」と「ルールの共有」、③地域の平和と安定のための「経済安全保障分野での連携」の拡充)を提示し、次のように語った。「日本はまず自らの取組を加速させ、同時に同志国と手を携えながら域内の友人が必要とする協力を行っていく。それにより、日本、そしてASEAN(東南アジア諸国連合)を含むインド太平洋地域全体が『共に、強く豊かになる』ことができると確信している」 そう、このスピーチで使われたワーディング「強く豊かに」は、今年2月の衆議院議員選挙で自民党の公式ポスターでも使われている。「日本列島を、強く豊かに。」―このフレーズが、赤一色の背景に首相全身図は横2行と、白地に赤色縁取り背景にアップの半身図が縦2行の2種類制作された。まるで有名俳優出演映画のポスターかと疑うほどの出来栄えである。衆院選では自民党が単独で定数の3分の2を上回る316議席を獲得。歴史的な大勝によって「高市1強」が生まれた。激動の世界情勢の真っただ中で有権者の心にダイレクトに届くキャッチコピーと、語りかけるような笑顔の高市ポスターが勝因とは断じない。▶︎
▶︎しかし正直になれば、SNSでの話題ぶりからも効果があったと言わざるをえまい。選挙向けキャッチフレーズやスローガンもまた「強い○○」を強調したものだった。そして「強い発信」となったのだ。高市氏がこだわったワーディング「強く豊かに」の前段に「日本列島を、」を加えるアイデアは専門家の助言を仰いだとしても。高市氏は安倍晋三元首相が実現した改革、実行した政策、確立した制度など「安倍路線」の継承者を自任する。先述した外交演説でもその自負を隠さなかった。「6年前、総務大臣として訪問した時も」と語ったが、それは第4次安倍第2次改造内閣の主要閣僚だった経験のアピールもある。「政権発足最初の外遊先として(安倍氏を)ベトナムにいざなった」ように、自分も首相として訪れたと力説する。はたして高市氏を「正統後継者」と見なせるのか。答えは否だ。次のような事実からその理由を示せる。安倍氏は、敬愛する祖父・岸信介元首相に55年体制下の政争をめぐるあまたの故事を学び、自分を事実上後継指名した小泉純一郎元首相下で権力闘争の一部始終を見聞し、持病悪化で首相退任の挫折も経験した。それらを政治家としての「糧」とし、高市氏が憧れる「強さ」を血肉化していた。
一例を挙げる。安倍首相は2014年7月31日、岸氏も首相時に訪問した南米チリで記者団から内閣改造・党役員人事の陣容や規模について質問されて「人事はアンデスの雪のように白紙だ」と語った。記者団をけむに巻く発言だったが、安倍氏の真意を理解した者はほとんどいなかった。これは、1960年の日米安保条約改定をめぐる大政争の中で、岸氏が「白さも白し富士の白雪」と述べて、大野伴睦副総裁や河野一郎元農相から迫られた政権移譲の要求をかわした故事を踏まえたものだ。雪は溶けてなくなる。政争の最中の約束などなきに等しいということを意味する。岸氏の「白雪」発言は、大野氏ら「旧世代」から「新世代」の池田勇人通産相(当時)へのパワーシフトを物語るものだった。安倍氏はその後の人事で続投を求めていた石破茂幹事長を外し、谷垣禎一前法相に代えた。池田氏創設の宏池会の系譜に連なる谷垣氏はリベラル。保守の安倍氏がウィングを左に広げて、14年末に断行した衆院解散・総選挙で自民、公明両党で定数の3分の2を上回る圧勝だけでなく、翌15年9月の自民党総裁選で無投票再選の実現を見据えた人事だった。確かに、高市氏の政策勉強へのこだわりは異様である。主要政策案から信を置く官僚名まで頭の中で整理されている。
しかし、高市氏には安倍氏における岸信介がいないし、安倍氏のような奥深い言葉もない。それでも高市氏は4月17日、自民党本部で元宿仁事務総長と「参院3分の2対策」として国民民主党を政権に抱き込む算段を協議した。「強い政権」を決して諦めていない。
