5月29~31日にシンガポールで開催された「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)」(英国際戦略研究所・IISS主催)でのピート・ヘグセス米国防長官が演説を行った(30日)。その内容を注意深く読むと、米国が依然として「歴史的な軍備拡大」を続ける中国を念頭に日本を始め、韓国、オーストラリア、フィリピンなど同盟国・友好国に対し安全保障上の負担を増やすべきとこれまでの主張を述べるだけだった。演説冒頭に「米国が裕福な国の防衛を支える時代は終わった。私たちには(国防を米国に委ねる)保護国ではなくパートナー(同志国)が必要だ」と切り出したヘグセス氏は、同盟国に対し繰り返し負担増を訴えた。
ただ、米中両国は14、15日にドナルド・トランプ大統領と習近平国家主席が首都・北京の人民大会堂と中南海(中国共産党最高指導部の執務室がある)で2度会談し、「建設的な戦略的安定関係」の構築で合意しただけに、ヘグセス演説は中国の脅威をことさら強く強調した1年前の演説とは大きく異なった。実際、中国名指しの批判はなかった。それでもヘグゼス氏のカウンターパートである董軍・国防相は、14日の米中首脳会談には同席したが、この安全保障会議を昨年に続いて今年も欠席した。穿った見方をすれば、今回の会議に日本側代表団を率いてシンガポール入りしたのが、そう遠くない時期に高市後継に名乗りを上げることになる小泉進次郎防衛相に対する牽制、あるいは嫌がらせと言う向きもある。
他方、同地で30日にヘグゼス氏と会談した小泉氏は当初、今回のIISS会合や日米防衛相会談で我が国の防衛力強化を厳しく要請されるのではないかと懸念していた。トランプ氏がかつて防衛予算の国内総生産(GDP)比3.5%への引き上げを求めたこともあり、米国防政策のキーマン、エルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)は対中抑止力強化の観点から日本に防衛力の飛躍的増強を求めたことがあったからだ。
ところがヘグセス氏は、小泉氏が殺傷能力のある武器輸出の全面解禁と防衛装備移転3原則の運用指針の見直しから安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)の年内改定、防衛費増額に向けて進めている日本側の具体的な取り組みまで事細かに説明すると、西太平洋地域の抑止力を向上させるものとして、日本支持を表明したという。まさに拍子抜けとはこのことだ。どうやらトランプ氏の米国は、日本が取り分け、習近平指導部の厳しい批判の標的になっていることを極めて心配しているのではないか。米中首脳会談後、筆者が注目した記事は2つあった。まずは読売新聞(5月24日付朝刊)1面トップ記事の見出し「米中会談時、トランプ氏 首相を擁護―『日中』議題 習氏、名指し非難」からも分かるように、米中首脳会談時に習主席は口角下げて高市早苗首相非難を繰り返したという。同紙冒頭はこう書いている。<習氏は14日の会談で、首相と台湾の頼清徳総統の2人を名指しし、両氏は地域の平和を脅かしているとの主張を展開した。
その上で、両氏を支援しないようトランプ氏に迫ったという>。「迫った」という表現が習氏の高市氏への強い拒否反応を示している。翌25日の産経新聞は「習氏、高市首相を名指し批判―米中首脳会談、トランプ氏は擁護『素晴らしい指導者だ』」と題した、わずか18文字×27行の記事は「読売」の後追いである。同紙のポイントは、まさに「産経らしい」報道だ。<首相が進める防衛力強化に関し「新型軍国主義」の復活で、脅威が増していると指摘。これに対しトランプ米大統領は「首相は素晴らしい指導者だ」と擁護した。米側は、このやりとりを日本側に伝えた。……> ▶︎
▶︎もう一つの記事は日本経済新聞(同26日付朝刊)4面の「習氏、高市氏を名指し非難―米中会談、日本の防衛費増に言及―日中、改善の糸口見えず」で、筆者が注目したのは同記事冒頭に続く次のパラグラフだった。<英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は24日、習氏は首脳会談で日本の「再軍備化」を主張し、声を荒げて激高していたと報じた。習氏の対日非難が2日間の会談で「最も緊迫した場面」だったとも伝えた> 「読売」報道よりも「FT」報道がより具体的で内容が濃い。直ちに原文を探った。FTの25日付記事「Xi Jinping railed against Japan’s ‘remilitarisation’ at Donald Trump summit – Chinese president became heated when criticising US ally for its increased defence spending」を見つけた。ワシントン、北京、東京の同紙特派員の共同原稿である。肝心な箇所は、以下の通り。<After Xi lambasted Takaichi and Japan’s rising defence spending, Trump responded that Tokyo had to take a more assertive security stance because of the rising threat from North Korea. It was unclear if Trump mentioned China - the biggest Japanese security concern - in the same context.> 「日経」記事は、<FTによると、習氏が高市氏と日本の防衛費増額を批判した後、トランプ氏は北朝鮮の脅威が高まっているため日本が防衛力を強化する必要があると答えた。日本の安全保障上の脅威である中国に関して触れたかは不明だ>と、FTの翻訳のままだ。「読売」と「日経」のスクープ競争を取り上げているのではない。4日後の朝日新聞(28日付朝刊)3面が「『新型軍国主義』日本批判―米中会談で習氏 トランプ氏は首相擁護」の見出しを掲げて、これまでの経緯を次のようにまとめている。<中国は昨年11月の台湾有事をめぐる高市氏の国会答弁以降、高市政権が軍備増強を進め、安全保障上の脅威となっているとして「新型軍国主義」との批判を展開している。米側は、習氏は会談でも同様の批判をしたと説明。トランプ氏は、高市氏の指導力を評価していると擁護したという>。こちらは「朝日らしく」、一連の経緯がストンと腑に落ちる。各紙を読み比べて筆者が言いたいのはただ一つ。日中関係は「依然として隔たりは大きい」(「朝日」記事中の表現で、日本外務省幹部の匿名コメントもある)ことは、如何ともし難い。ハッキリしているのは、軍事超大国の中国は今後、日本を「新型軍国主義」(neo-militarism)と決めつけて、国際社会で大キャンペーンを展開することである。何やらむず痒い気持ちになるのは、筆者だけではあるまい。
