高市早苗首相は6月13日午後、政府専用機で最初の訪問国・英国の首都ロンドンに向けて羽田空港を発つ。翌14日は、同市ホワイトホールのダウニング街10番地の首相官邸でキア・スターマー英首相と会談する。15日には、イタリアの首都ローマにあるキージ宮殿(首相府)でジョルジャ・メローニ首相と会談。その後、フランス南東部のレマン湖南岸の美しい街エビアンに向かう。今回の首相外遊のメインイベントである先進7カ国首脳会議(15~17日)に出席する。G7仏エビアン・サミットには、ホストのエマニュエル・マクロン仏大統領、ドナルド・トランプ米大統領、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相、メローニ伊首相、スターマー英首相、カナダのマーク・カーニー首相&高市首相の7人が参加する。そして筆者が関心を抱くポイントは、今G7サミットの席で、先進2カ国の中央銀行(カナダ銀行とイングランド銀行)総裁を歴任した経済学者出身のカーニー氏が、中国による重要鉱物供給網寡占からベネズエラ急襲・イラン戦争に至るまで、世界秩序に激震を走らせるトラブルメーカーのトランプ氏に対し、いかなる論争を挑むのかである。カーニー氏には「前科」がある。年初1月20日にスイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「古い秩序は戻ってこない」と述べたうえで、「これまでより良いもの、強いもの、より公平なものを築くことができる」と強調し、カナダを含めた中堅国(ミドルパワー)の団結を呼びかけた。それだけではない。デンマークの自治領グリーンランド領有を企図するトランプ政権の動きを念頭に置き、グリーンランドとデンマーク、そして北大西洋条約機構(NATO)への支持を改めて表明し、聴衆の喝采を浴びた。
しかし、トランプ氏はSNSで直ぐにこう言い切った。「カナダは我々に感謝すべきだ。カナダが存在しているのは米国のおかげだ」。その後も演説を根に持ち、事あるごとにカーニー(カナダ)批判を繰り返す。それだけに因縁の両首脳が同じテーブルに着席してどんな「激論サミット」になるのか、蓋し見物である。ここで注視すべきは、カーニー演説で使われた「大国(グレートパワー)」に対する「中堅国(ミドルパワー)」が意味するものだ。この間にトランプ政権が進めてきた資源・技術ナショナリズムによる覇権維持戦略を具に観察すると分かるが、貿易相手国であり同盟国(「準」も含む)でもあるのに強制・圧力を含む強要政策の対象(標的)となったEU(欧州連合)、英語圏4カ国(英国、カナダ、オーストラリア、インド)、日本など中堅国にとって、この米国ファースト主義は新たなリスクとなった。
一例を挙げる。昨年12月に米国務省が公表した半導体生産とAI(人工知能)開発の同盟「パックス・シリカ(Pax Silica)宣言」は、米国の同盟・パートナー国の経済安全保障上の連携のための枠組みである。日本貿易振興機構(JETRO)資料に、こう記述されている。<AIの進化によって重要鉱物や関連インフラなどの需要が増加し、サプライチェーンの再編が進むとの認識の下、敵対国への依存軽減や新技術の確保、機密度の高い技術の保護といった領域での連携を目標としている>
▶︎これでは、優等生の作文のようでスッキリしない。要するに、米国主導の新秩序は、ルール・制度・自由貿易・民主主義の推進ではなく、資源と技術の支配に基づくというものだ。トランプ政権は常々、共有理念よりも自国の経済・安全保障を優先すると言っている。米中両国を単純比較すると、こう言い表せるだろう。<中国は、重要鉱物や製造品(特にグリーン技術)、そしてより安価で効率的なAIによって主導権を握ろうとしている。他方の米国は、重要鉱物、石油と天然ガス、半導体、そして米国が生み出した最先端AIによって主導権を握ろうとしている>(米ワシントンのOBSERVATORY VIEW)2月18日付から引用)。「パックス・シリカ」構築で主導的に動いたのは、日本、韓国、シンガポール、オランダ、オーストラリア、カナダ、アラブ首長国連邦(UAE)など12カ国・地域の代表を国務省に招いたマルコ・ルビオ長官だった。その後、今年2月13~15日にドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議(MSC)の演説で同氏は米国ファーストと明確な対中強硬姿勢を滲ませつつも、米国の同盟国への関与を改めて強調するスタンスを示した。
昨年のMSC講演者J・D・バンス副大統領との「違い」アピールを忘れないのは、やはり究極の野心があるからだろう。
実際、最新の米ホワイトハウス(WH)人事が話題となっている。退任したロバート・ガブリエル大統領副補佐官(国家安全保障担当)の後任に5月26日付で、マイケル・ニーダム前国務省政策企画部長が就任した。同氏はもともとルビオ上院議員時代の首席補佐官。注目すべきは米WHウエストウイング1階のオフィス配置図。バンス直系のガブリエル氏は副大統領執務室の廊下を隔てて真向かい。同氏の退任で今現在は空き部屋のはずだ。一方、大統領補佐官(国家安全保障担当)兼務のルビオ氏執務室とはウエストウイング出入口とロビーフロアを挟んで左斜前の部屋に、ニーダム氏が割り当てられた。筆者の印象論だが、WH内パワーバランスに変化の兆しが見てとれる。明らかにバンス氏からルビオ氏へのパワーシフトが進んでいる。WHの隠然たる影響力を持つスージー・ワイルズ大統領首席補佐官の現在の立ち位置は「ルビオ寄り」であり、主要閣僚のうちで頭抜けて発言力があるスコット・ベッセント財務長官も「ルビオ派」とされる。
ちなみにワイルズ女史の執務室は同じウエストウイング西端の角部屋で、部屋を出て廊下を東に真っ直ぐ向かった先に大統領執務室(オーバルオフィス)がある。最後に指摘しておくべき事は一つだろう。その主は、国内外に自らが彼の地の王(King)であると宣言した。「何でもあり」トランプ国王に対し、英加2カ国の中央銀行総裁を歴任した経済学者出身のカーニー氏が異を唱える構図となるはずのG7エビアン・サミットで、我らが高市首相はいかなる関与ができるのか。王に平伏す臣下然とする姿だけは見たくない。それは筆者だけではあるまい――。