起業家イーロン・マスク氏(54歳)率いる米宇宙企業スペースXが6月12日、米ナスダック市場に新規上場した。終値は160.95㌦と公開価格(135㌦)を19%上回り、時価総額は2兆1000億㌦(約340兆円)となった。株価が前週比20%高となった15日時点で時価総額が400兆円を突破し(円換算ベース、以下同)、株式公開による調達額は約15兆円に達し、世界の株式公開(IPO)で過去最高額となった(ちなみに日本経済新聞13日付夕刊が、日本での調達額21億8500万㌦(約3470億円)に、みずほ証券などに1兆円を超える購入希望が集まったと報じた)。
そもそもスペースX(現本社・米南部テキサス州スターベース)は2002年3月、カリフォルニア南部のロサンゼルス(エル・セグンド)の倉庫で誕生した。マスク氏は01年9月の米国同時多発テロ事件まで、カリフォルニア州北部のパロアルトで夢物語を語って巨額投資を呼び込む「金融ファビュリズム」の体現者足らんとしていた。それが自社の資金調達の手法だった。クィン・スロボディアン(ボストン大学教授)とベン・ターノフ(作家・テクノロジスト)の共著『マスキズム―新たな独占の時代(MUSKISM-A Guide for the Perplexed)』(飛鳥新社。5月30日刊行)に的確なフレーズを見つけた。<2000年代初頭、マスクは北カリフォルニアから南カリフォルニアへと、ビット(デジタル世界)からアトム(物理世界)へと軸足を移すなかで、彼なりのものづくりの方法論を確立していった。この方法論こそが、まずスペースXで、次にテスラで、彼を21世紀におけるもっとも有名な実業家として決定づけることになる> <マスクの欲望は、2000年代のグローバル化の潮流、つまりサプライチェーンで織り上げられた国際的生産ネットワークの結節点としての工場という考え方に逆行するものだった>(同書第3章「サービスとしての主権」89頁)とあるが、平たく言えば、マスク氏は同時代の常識とは逆に「組み立てラインでロケットを量産する」ことを目指したというのだ。より率直に言えば、米国の対テロ戦争期の軍事請負業者として出発し、成功したのだ。そして歴史的な事実に従えば、マスク氏が、米国防総省(ペンタゴン)国防高等研究計画局(DARPA)や米航空宇宙局(NASA)が「国家機能の民営化」モデルとして民間企業のスペースXを処遇するよう政治力を行使し、それが見事に奏功したと言うべきだろう。
それは、国家プロジェクトとして立ち上げられたグローバル・プラットフォームとしての衛星インターネット・サービス「スターリンク」の現状を知れば、理解できる。今や米政府を筆頭に100カ国超でスペースXが運用するスターリンクを利用しているだけでなく、数十カ国が自国の衛星を軌道に乗せるのにも利用する。その数は1万基に達し、稼働中の全衛星の3分の2余を占める。ロシアによるウクライナ軍事侵攻の最前線ドンバス地方などで当初、第三国を通じて不正入手したスターリンク端末使用は周知の事実である。本コラムで何回も取り上げている著名投資家ピーター・ティール氏(58歳)は、創業した個人間送金のためのウェブサービス「PayPal(ペイパル)」時代の同僚であるマスク氏に1年遅れで03年にデータ分析企業パランティアを設立した。同社の隆盛は改めて指摘するまでもない。マスク、ティール両氏は奇妙な縁で結ばれている。パランティアはそもそもPayPalの不正検知技術に触発されたデータ・マイニングを使ってテロリストの居場所を発見するのに役立ち、それが今日の大飛躍の礎となった。そして同社の主要投資家リストに、米中央情報局(CIA)が設立したベンチャーキャピタル「In-Q-Tel(インキュテル)」がある(このIn-Q-Telも当コラムの異なるテーマで言及した)。さらに、さらにだ。スペースXの元顧問のマイケル・グリフィン氏は後にIn-Q-Tel社長に就いている。
上述の『MUSKISM』(第8章「Xという名の国家」258頁)に次のように書かれている。<ティールの「ペイパル・マフィア」で、ネットスケープ・ナビゲーターの開発者でもあった投資家マーク・アンドリーセンは政権移行においてトランプに助言し、彼のベンチャーキャピタルファームからは2人のパートナーが政権入りした。そのうちのひとり、スリラム・クリシュナンはAI担当上級顧問となり、もうひとりのスコット・クーパーは人事管理局(OPM)の局長となった。ティールの元側近であるマイケル・クラツィオスは、ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)の局長となった>。国家の中枢に入り込んだのだ。▶︎
▶︎次に、米中間の宇宙覇権争いに目を向ける。米NASAが進める有人月探査「アルテミス計画」により、今年4月に飛行士4人を乗せた宇宙船「オリオン」が月上空を周回して地球無事帰還したが、28年に月面着陸を目指すという。同計画に強い関心を示すドナルド・トランプ大統領は自らのレガシー(政治遺産)になると思いを致すようになったのか、今春以降、話が宇宙覇権に及ぶと熱量が高くなるという。
一方、習近平国家主席率いる中国の「宇宙科学強国」構想は、着実に加速・進展している。昨年10月に乗組員3人を乗せた宇宙船「神舟21号」が打ち上げられ、宇宙ステーション「天宮」とのドッキングに成功。それから7カ月間の各種実験や船外活動などのミッションを終えて、3人は5月29日に後発の「神舟22号」に乗り換えて内モンゴル自治区の東風着陸場に無事帰還したばかりだ。単純比較であるが、月面着陸探査競争はどうも米国が中国の後塵を拝するのを余儀なくされているというのが、ド素人の筆者の印象論である。それ故に再びマスク氏の登場となる。ウォルター・アイザックソンの『イーロン・マスク(上)』(文藝春秋。23年9月刊行)でも詳述されているようだが、マスク氏の「火星を開拓する」という野望とスペースX設立は決して無関係ではない。『MUSKISM』(第3章73頁)に<…この願望は終末論的なヴィジョンに取り憑かれたものだった。火星を開拓する理由のひとつは、地球が壊滅するような惨事が起きたときに、人類を存続させる手段になると信じていたからだ>と記されている。飛躍した見方を承知している。自由至上主義者(リバタリアン)のティール氏が政府請負業者になったのも、「国家と共生」を強く志向するマスク氏の影響を受けたのではないか。
