司馬遼太郎の『国盗り物語―後篇 織田信長』(新潮社)――。AI(人工知能)による概要で、信長像とその終焉の解釈は、次のように記述される。<彼は権力の座から引きずり下ろされるのではなく、巨大なスケールで天下を掌握しようとした最中に、家臣の謀反という形で突然の終わり(高転び)を迎えます> 毛利元就・輝元(祖父と孫)に仕えた外交僧、安国寺恵瓊が天正元年(1573年)に吉川元春家臣の山縣越前守と小早川隆景家臣の井上春忠に宛てた書状(「吉川家文書」)に、こう書かれている。<信長の世は、あと五年か三年しか持たないであろう。来年には公家にでもなって、その後は高転びに仰向けに転ばれるだろう>。その9年後に「本能寺の変」が起き、的中した。
なぜ、「高転び」にこだわるのか。理由がある。歴史を振り返れば、権力者は支持や権勢が頂点に達したときほど、一転して足をすくわれる危うさを併せ持つからだ。読売新聞の最新世論調査(6月19~21日実施)で知った高市内閣の支持率は、前回比5ポイント増の69%に達した。他社調査がおおむね下落傾向にあるにもかかわらず、読売調査は突出して高い。一方で共同通信調査(同20~21日)が、前回比5.5ポイント減の55.8%で昨年10月の政権発足後初めて60%台を下回った。支持率下落の主たる原因として、「文春砲」が火をつけた高市国会事務所による「中傷動画疑惑」追及が効いているのは否めない。事実、同調査で49.7%が、高市早苗首相の説明は不十分だと回答し、これまで高市支持の中核とされた若年層(30代以下)の支持が13.5ポイント、女性も9.2ポイント下落した。この数字に首相周りは大きなショックを受けた。とりわけ、木原稔官房長官ら最側近は深刻に受け止め、反転攻勢へ知恵を絞っている。
まさにそうした中で、読売世論調査が「降臨」したのだ。絶頂を思わせる数字は、官邸に自信を与えた。官邸サイドは同紙の内閣支持率と自民党支持率上昇(前回比4ポイント増の39%)もさることながら、特に2つの質問とその回答に勇気づけられたという。第1の質問は「政府は、2年間限定で食料品の消費税率を引き下げることを検討しています。与野党の協議では、来年4月から1%とした上で、1%分の税収に相当する給付金を中低所得者に支給し、『実質ゼロ』とする案が出ています。この案に賛成ですか、反対ですか」であり、回答は「賛成52%、反対38%」だった。第2の質問は「与党は、衆議院議員の定数削減について、与野党の協議会で1年以内に結論が出ない場合、自動的に比例選のみ45議席減らす方針です。この方針に賛成ですか、反対ですか」であり、回答は「賛成67%、反対20%」だった。前者が、2月の衆議院議員選挙での自民党公約「食料品の消費税ゼロ」実行に強くこだわる高市氏が市場の懸念を物ともせずに突き進む「高市アジェンダ」である。後者は、高市政権発足に当たって日本維新の会の吉村洋文代表と交わした「連立合意書」に明記された「維新マター」主要政策2つのうちの1つだ。 周知のとおり、有言実行を旨とする高市氏は約束(公約)順守に全力を尽くす。他方、約束を破った人間を絶対に許さない。この線引きは厳格で、高市流生き様におけるプライオリティーが高い。そして借りは速やかに返すが、貸しは急がずに督促する。▶︎
▶︎それは、今国会終盤の6月に入ってから高市氏の鈴木俊一自民党幹事長に対する徹底指示の所作に見て取れる。とりわけ政権の後見人を自任する麻生太郎副総裁マターの皇室典範改正法と、「維新」執行部配慮の衆院定数削減法の会期末までの成立を厳命したのだ。
こうして高市氏の目指す国会運営の方向性がハッキリ見えてくる。「重要広範議案」といわれる内閣提出法案(閣法)で首相は当該の衆参院各委員会に出席して趣旨説明と質疑が求められる。同氏の基本スタンスの理解に通じる好例がある。これも首相が早期成立を指示した再審制度見直し刑事訴訟法改正案。戦後、法務・検察が堅持してきた再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを「原則禁止」とする改正案には自民党内に根強い反対論がある。当初、再審見直しの詳細を把握せず、首相答弁に自信がなかった高市氏は改正に消極的だった。
それが、「誤判からの確実な救済と、再審手続きの円滑、迅速化を図る」(6月19日の参院本会議での答弁)と一転した。同氏が敬してやまない安倍晋三元首相同様にリアリストぶりを発揮し、この間にあまた発生した「再審無罪」に寄り添う司法制度改革推進グループの一員というイメージを打ち出したと言っていい。「損か得か」、これが高市氏にとって判断基準である。シンプルなのだ。明らかに絵図を描いた助言者の存在をうかがわせる。高市氏にハッパをかけられた鈴木氏は6月21日、札幌市の党会合で7月17日までの今国会会期について「延長なしで前に進めたい」と言明した。議員立法(議法)であるが、同じ「維新マター」の副首都機能整備推進法も含めて会期内の成立を目指すということだ。それは、高市氏が常々言及する「約束」である。
こうした高市氏の「イケイケドンドン」はいったいどこから来るのか。よもや読売調査を先取りしていたということではあるまい。「高転び」を畏れて武田信玄の軍師・山本勘助の「陣取戦法」に倣うことはない。高市氏が本性に従えば、危険承知で信長流の「一点突破」を採る。今秋召集の臨時国会における与野党攻防展開でその成否が判明する。
