過日、米OBSERVATORY GROUP代表の齋藤ジンさんから長時間、話を聞く機会を得た。ワシントン在住の金融コンサルタント、齋藤さんは年2、3回一時帰国される。永いお付き合いだ。
しかし2024年12月に刊行した『世界秩序が変わるとき―新自由主義からのゲームチェンジ』(文春新書)が20万部超の大ベストセラーとなったこともあり、この間、クライアントとの定期協議、日本の政・官・財界トップとの意見交換、さらに取材・講演など超過密日程の日本滞在が常態化してしまった。そのような中で、ランチをご一緒した。齋藤ジンさんとの会話は完オフである。それは当初からのルール。今回は「トランプ政権とその先の見通し」について、何時にも増して興味深いディープな情報をお聞きしたが、残念ながら開陳できない。そこでせめて齋藤さんの国際情勢分析の概略を差し支えない範囲で箇条書き風に筆者の言葉でお伝えする。であれば、ご寛容いただけると思う。色々なテーマについて質疑を重ねた。訊ねて答えを聞き、また訊ねる。それを繰り返すなか筆者の耳に刺さったのは、米中対立の今後の見通しと、そのプロセスでの日本の立ち位置に関する齋藤さんの解答だった。
正直、ジンさんの話には英語の専門用語が頻出する。今回のそれはstrategic stability(戦略的安定)だった。以下のような筋立てのなかで使われる。ドナルド・トランプ大統領は建国250年を迎えた祝賀イベントの7月4日午後11時(米東部時間)から、予定を大幅に遅れて約40分間、演説した。その中に、次のようなくだりがあった。<……私は再建した軍を活用し、多くの成功を収めた。ベネズエラやイランを見てほしい。彼らを壊滅させ、その軍を根絶やしにした(You look at Venezuela, you look at Iran. We wiped it out, wiped out their military.)>(6日付読売新聞7面の大統領演説要旨の引用と、スピーチ英語原文から)。「ほら吹き」トランプ氏と言われるが、選りに選って独立記念日式典で交戦した相手国軍隊を、多大なダメージを与えたのは事実だとしても「殲滅した」とウソをついたのだ。先の第2次世界大戦で我が国大本営の戦果発表と同じである。そんなトランプ氏であるが、齋藤ジンさんによれば、ワシントンの学識者、専門家、超党派の政府元高官の間ではトランプ氏の手法は別にして、問題意識そのものは基本的に正しいというコンセンサスが生まれつつあるというのである。それはなぜか。「ハードパワー覇権国」を追求するトランプ政権の底流にある根幹思想は、行き過ぎたグローバリズムを廃し、世界が一つという新自由主義を潰し、「国家」を取り戻すことにあるという。
一例として挙げられたのが、中国の世界貿易機関(WTO)加盟である。2001年1月に民主党のビル・クリントン大統領から共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領に政権交代した同年12月11日に中国のWTO加盟が認められてから、四半世紀経た現在、日本は「モンスター中国」に手を焼いている。それどころか、今や半導体・AI(人工知能)、量子、デジタル・サイバーセキュリティ、航空・宇宙、ロボット、重要鉱物、造船・港湾ロジスティックス、防衛産業の各分野で中国の「科学技術強国」構想の後塵を拝する。齋藤さんが使った言葉「(米中西部)ミシガンの雇用喪失と(中国第2の都市)上海の雇用創出」が分かりやすい。新自由主義を謳歌した一時期の米国が生産拠点を安価な労働力が豊富な中国に移転することは、米国経済だけでなく世界経済にとってプラスとなるという理屈で、中国を「世界の工場」にして、さらに「世界の市場」にまでした。中国は世界の工場で得た巨万の富をフル稼働させて軍事強国を実現し、終にはこれまで米国が裏書してきた新自由主義的世界秩序に挑戦するに至った。▶︎
▶︎いずれにしても、米中対立がコリジョンコース(collision course=正面衝突)を突き進むようであれば世界の不幸である。それ故に齋藤氏の指摘で興味深かったのが、スコット・ベッセント財務長官の果たしている、そして期待される役割である。
そもそもベッセント氏が、近代米国の金融・経済システムの基礎を築いた初代財務長官のアレキサンダー・ハミルトンを尊敬していることは周知の通りだ。ハミルトンは、反連邦派で内政派の初代国務長官のトーマス・ジェファーソンとは真逆の連邦推進派であり、国際派である。この故事を前提に置き、次の指摘に注目して欲しい。軍事支出など政府支出を増大し、大幅減税・規制緩和・金融引き締めを行った「レーガノミクス」で知られる共和党のロナルド・レーガン大統領時代(2期目)のジェームズ・ベーカー財務長官(1期目は大統領首席補佐官)と、財政赤字削減と投資主導の経済政策を両立させた民主党のビル・クリントン大統領時代のロバート・ルービン財務長官(ウォール街のGS出身)、ローレンス・サマーズ財務長官(ハーバード大学教授)の2人がそれぞれの政権で果たした役割同様に、ベッセント氏もトランプ政権中枢で今後もキーパーソンで居続けるのではないかと。すなわち、同氏が米中冷戦体制の戦略的管理ミッションを担っていると言うのだ。引き続き、ベッセント氏の一挙手一投足に注目したい。
こうした問題意識から生まれた米国の国家戦略では、「国家」を取り戻すために国内の製造業復活めざすのであれば、安全保障の上でも重要なサプライチェーンから中国を排除するというのが結論である。
では、これからの先行きとして、米中の覇権抗争が避けられないものであるとすれば、日本の選択肢は唯ひとつ。まさに「米中熱戦」(Hot war)ではなく「米中冷戦」(Cold war)体制を戦略的に構築するのに手を貸すということである。そこで上述のstrategic stabilityの登場となる。11月18~19日にアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議が中国の広東省深圳市で、12月14~15日には20カ国・地域(G20)首脳会議が米フロリダ州マイアミ(トランプ・ナショナル・ドラル・マイアミ)で開催される。前者の議長が習近平国家主席であり、後者のホストはトランプ大統領である。2026年国際舞台での首脳外交の締め括りを習、トランプ両氏が各々取仕切るのだ。
万が一、ガチンコ相撲を取って、一方が土俵外に投げ飛ばされるような事態となれば「熱戦」は避けられない。中国海軍は6日午後、戦略原子力潜水艦から模擬弾頭搭載の弾道ミサイル(SLBM)を発射した。中国は射程約7200㎞の「JL(巨浪)2」と同約1万2000㎞の「JL3」(米本土を射程に収める)を装備するが、今回発射ミサイルはいずれかは不明。中国は秋の米中外交攻防戦を前に、対米核戦力の誇示を企図したものだ。