あれから少々、日が経っている。その行事は3月20日午後(現地時間)、米南西部オハイオ州南部のアパラチア山脈の丘陵地帯にある小さな村パイクトン(Piketon)で行われた。州都コロンバスから車で23号線を南に向けて駆って約1時間余、人口は僅か2111人(筆者は、平凡社版世界地図では同地を見つけられず、英語版Wikipediaから基本データを得た)。同地近くにある東西冷戦時代の旧ウラン濃縮工場の跡地(ポーツマスサイト=Portsmouth Site)は現在、米エネルギー省が管理する連邦政府所有地である。同所にソフトバンクグループ(SBG)の孫正義社長兼会長主導による米国で最大規模の人工知能(AI)データセンター建設と、世界最大規模の天然ガス発電所を中心とする電源施設開発に向けた官民プロジェクトが立ち上がった。日本側から住友電工、日立製作所、東芝、村田製作所、3メガバンク等12社、米側からベクテル、GEベルノバ、キンダー・モルガンの他、金融機関としてJPモルガン、ゴールドマン・サックス(GS)、モルガン・スタンレーなど計9社が参画している。手始めにソフトバンクグループのSBエナジーは米電力大手AEPと提携し約42億㌦(約6800億円)を投じ、同州南部の送電線の改修・建設を行い、9.2ギガワット(GW)規模のガス火力発電所を地域の送電に接続し、データセンターに電力を供給するという。全体の投資額は5000億㌦(約80兆円)に達するが、このプロジェクトは昨年の日米関税交渉で合意した日本の対米投資5500億㌦(87兆円)の第1弾案件であると、読売新聞(3月21日付朝刊)やロイター通信(現地20日ワシントン発)などが報じた。
筆者が注目したのは、現地で行われた起工式(鍬入れ式)に孫氏、ハワード・ラトニック商務長官、クリス・ライト・エネルギー長官の3人が揃い踏みで出席したことだ。ラトニック氏は日米関税交渉における米側責任者であるが、トランプ政権入りする前はウォール街の証券会社キャンター・フィッツジェラルドCEOであり、ライト氏は石油や天然ガスの水圧破砕企業リバティ・エナジー創業者CEOである。オハイオ州の片田舎で行われた鍬入れ式であるが、2人の長官と、後に時価総額で48.7兆円となりトヨタ自動車を超えたSBGオーナーである孫氏が参加するイベントだ。したがって、地元テレビ局はもとよりCNNを始めNBC、ABCなど3大テレビネットワークも取材・撮影に訪れた。つまり、この「ポーツマスコンソーシアム」(米政府が名付けた正式名称は「9.2GWポーツマスパワードランドプロジェクト」)が世界に向け発信されたのだ。
筆者は当初から、同社が「日米政府の戦略的投資イニシアティブ」と謳う同プロジェクトに「?」を付け、総額80兆円に達する大プロジェクトに果たして実現性があるのかと強い疑問を抱いていた。想起して欲しい。▶︎
▶︎そもそも孫氏は、24年12月16日フロリダ州パームビーチの大統領私邸「マーラ・ラゴ」で大統領選当選後のトランプ氏と面談、AIインフラを中心に今後4年間で1000億㌦(約15兆円)を全米に投資する旨を言明した。その36日後の25年1月21日にはホワイトハウスで大統領のトランプ氏と会談し、「スターゲート計画」を発表した。最大5000億㌦(約78兆円)を投資してデータセンターなどのAIインフラを構築すると述べた。どこかバナナの叩き売りの逆バージョンのように感じる。そのようなこともあり、今春頃にワシントンの知人にポーツマスコンソーシアムの進捗状況を探るよう頼んだ。最初の返信に、我が耳を疑った。「起工式以降、目に見える建設工事は何も立ち上がっていない」と、その米国人ジャーナリストが報告してきた。これでは詐欺だと、筆者は怒り心頭に発した。直ぐに親しい経済産業省幹部に実状を質した。「これが孫正義流です。大きなアドバルーンをブチ上げて株価を上げる(出資金を募る)、それをグループの運転資金に回す。その繰り返しです」。
ところが、今回はやや様相が違う。同プロジェクトが動き出しているのは事実なのだ。ここに来てコンソーシアムから提出された計画書をオハイオ州電力立地委員会が承認し、年内には本格的工事がスタートするというのである。やはり政治力が物を言う。同州議会上院(定数33)のうち共和党24議席、下院(定数99)のうち共和党65、上下院ともに共和党が過半数(及び拒否権を覆せるスーパーマジョリティ)を占める。そう、オハイオは「真っ赤な州」である(共和党のシンボルカラーは赤)。しかも、人口の80%超が白人という定型的な「トランプ支配州」なのだと、得心した次第である。
ここでAIビジネスに通暁する知己に解説を頼んだ。この間の国際的なAIビジネスは、「革命」という言葉が妥当なほど、大きな変化を遂げた。22年11月30日に米オープンAI(サム・アルトマンCEO)が世に対話型AIサービス「チャットGPT」を送り出し、しばらく「独り勝ち」を謳歌した。そして目ざとい孫氏はいち早く同社にアプローチ、総額10兆円を出資してオープンAI株の約13%を取得したとされ、世上は孫氏がその勝ち組み入りを果たしと讃えた。
だが、天下は容易にして成らずの喩え通り、オープンAIから飛び出たダリオ・アモデイ氏が創業したアンソロピックが26年4月7日に驚異的な能力を持つAIモデル「クロード・ミュトス(Claude Mythos)」を発表、瞬く間に世界の関心を独占した。トランプ政権は先のベネズエラ奇襲攻撃では、著名投資家のピーター・ティール氏が創業したパランティア・テクノロジーズの総合諜報AIシステムが使用され、アンソロピックのAI技術(大規模言語モデル)も利用された。イラン奇襲空爆では、生成AI「クロード」を情報分析や作戦立案に使用していたことは周知の事実だ。さて、話は孫氏に戻る。ホルムズ海峡をめぐる米・イラン攻防が一進一退を続ける中で、国内ではAI基盤の開発をSBG主軸とする官民プロジェクトが浮上した。経済産業省(藤木俊光事務次官)は6月30日、最大1兆円規模の支援事業の対象に、SBGとホンダ、NECとソニーグループの4社が中核に設立した会社Noetra(ノエトラ)と、経産省所管の産業技術総合研究所(産総研)が共同で推進する「国産AI連合」を選んだ。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)も同社への支援を決定している。ここには自動車、電機など製造業28社と、金融や物流、情報通信など非製造業16社が参加する。まさに「親方日の丸」によるAI基盤の実現に向けた官民プロジェクトのコアにSBGが位置するのである。かつて孫氏を「ホラ吹き」と言っていた経産省幹部は今、どんな気持ちでSBGが中核となる「国産AI連合」確立に臨んでいるのだろうか。
