約3カ月前の5月11日夜、東京・紀尾井町のホテルニューオータニの広大な日本庭園にある高級和食店「なだ万本店 山茶花荘」の個室での出来事だ。登場人物は、夕食会を催した片山さつき財務相と、そこに陪席した財務省きっての国際派の三村淳財務官、そして当夜の主賓であるスコット・ベッセント米財務長官。その日の午後に東京入りした。ベッセント氏は、13日午前に韓国・仁川国際空港で中国の習近平国家主席(共産党総書記)の側近であり、経済政策の司令塔である何立峰副首相(党政治局員)との会談を控え、慌ただしい2泊3日の日程で来日した。慌ただしいはずだ。14日午前(現地時間)に中国・北京市内の人民大会堂で開かれる米中首脳会談直前まで、ドナルド・トランプ大統領の信が厚いベッセント氏が習主席側近の何立峰氏との間で最終調整を行っていたからである。
だが、過度な円安・ドル高是正のため今回の日米通貨当局による円買いの協調介入の顛末の一端が明るみに出たことで、実はこの11日夜の酒食を交えたベッセント・片山会談、続く12日午前に財務省で行われた日米財務相会談で、双方が市場に円買い介入を本格化することで合意、Xデーに向けた最後の詰めの起点となったことが分かった。先のベッセント、片山、三村氏、そして植田和男日本銀行総裁を加えた4人が、直間接的に連携して15年ぶりの日米協調介入を実施し、止まらない円安阻止を実現した。日銀の金融政策決定会合(7月30~31日)最終日は、財務省・日銀による円買い・ドル売りの為替介入直後という異例な環境下で開催された。その数時間前に三村財務官が為替介入の号砲を鳴らした後の米東部時間30日午前9時半(日本時間同日午後10時半)過ぎから米ニューヨークの外国為替市場で円相場が対ドルで急伸し、1時間も経たずに1㌦=162円80銭前後から約5円の円高・ドル安が進んだ。翌日、米財務省の指示でニューヨーク連邦銀行が米金融大手のゴールドマンサックス(GS)とモルガン・スタンレーを通じて円買い・ユーロ売りに動き、同日午後4時過ぎには1㌦=159円台前半で推移していた円ドル相場が急伸し、157円20銭付近と1時間弱で2円近く円高水準を切り上げた。日本経済新聞(8月2日付朝刊)の見出し「円買い介入、ベッセント氏が援護射撃―苦心の日米通貨・金利政策」にあるように、河浪武史ワシントン支局長は記事中で次のように書いている。<ベッセント氏は円買い介入だけで日本売りが止まるとは考えていない。米財務省が介入を事前通告した31日朝、同氏は「8月末の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で日銀の植田和男総裁に会うのを楽しみにしている」とX(旧ツイッター)上で表明した。ベッセント氏は日銀の利上げの遅れが円安の主因とみる。日銀は政策金利の据え置きを決めたばかりだが、9月の金融政策決定会合へ早くも日銀の外堀を埋めにかかる>その通りだ。ベッセント氏は日銀に9月の利上げを求めている。然るに三村財務官は為替介入を通じて植田総裁に対し、ケビン・ウォーシュ米連邦準備制度理事会(FRB)議長のハト派スタンスとの違いを際立たせる機会になると、タカ派姿勢を示すように促した。連携プレーなのだ。▶︎
▶︎そしてこのタイミングで、ベッセント氏が日銀の早期利上げ論に参画することは、高市早苗首相の「リフレ志向」を抑制するために効果的な要素と考えているからに他ならない。そう、ベッセント財務長官がガチガチの日程を差し繰りして米中首脳会談直前に東京に立ち寄り12日に片山財務相(三村財務官同席)と会談し、その後、高市首相を官邸に表敬したのは、ワシントン在住の金融アナリスト、齋藤ジンさんの言葉を借りると「ケーキダイエットを続けることはできません」と直言できないまでも、やんわりとマクロ経済の政策決定は絶対論ではなく確率配分に基づいて判断されるべきと言いたかったはずだ。それは、ベッセント、片山両氏は今や「阿吽の関係」となったことを意味する。円安・債券安(長期金利上昇)がもたらす「日本売り」が米国債市場に波及することをベッセント氏は極度に恐れている。それ故に、高市政権の経済・財政・金融政策を決定する内閣の会議である経済財政諮問会議や日本成長戦略会議(共に議長は首相)における民間構成員「強硬リフレ派」による高市首相への影響を懸念しているという。もともと約束(公約)遵守を政治家が求められる資質の第一とする高市氏は5日夕方、2月総選挙で自民党が国民に公約した食料品の消費税率を来年4月1日から2年間、現行の8%から1%に引き下げた上で、1%相当分の範囲内で所得に連動した中低所得者向けの給付を導入し、「実質ゼロ化を実現する」内容を臨時閣議で決定した。
しかし3日午後、自民党本部9階の901号室で党税制調査会(会長・小野寺五典元政調会長)と社会保障制度調査会(会長・田村憲久元厚生労働相)の合同会議で約2時間半に及ぶ論議がされた。前回の7月31日に比べて2回目会議では「消極的賛成」が増えた(発言者75人中、賛成63人、反対9人、不明?3人)。最後は「首相判断」尊重が大勢を占めたのは、小野寺氏の議事進行、事実上の誘導が効いたとの見方が強い。換言すれば、この消費税減税問題もリフレ派のエコノミストや学者が「悪い円安はない」と言い切ったり、政策金利の「適正水準」は0.25%未満だと主張したりすることと決して無縁ではない。
そろそろ締めに近づいてきた。ベッセント長官にとってのワーストシナリオは、高市首相及びその周辺のリフレ志向が「債券自警団」(これも齋藤氏のワーディング)の反乱を招来し、それが米国債市場に波及することである。植田総裁が9月の利上げ決定を高市首相に説得する上で、ベッセント氏の持つトランプ大統領からの信頼と影響力を利用できることは天恵である。かくも援護射撃を連射してくれるベッセント氏には強いインセンティブがあった。冒頭で記述した片山財務相がベッセント財務長官を饗した会食の席に、サントリーのシングルモルトウイスキー「山崎25年」が用意されていたのだ。今やメーカーの希望小売価格41万5000円(税込み)では手に入らない逸品。片山氏は、ベッセント氏がジャパニーズウイスキー大好きを知って、「政務」(自費)で用意したという。件のベッセント氏は会食後、満面笑みを浮かべて3分の1以上残った「山崎25年」をボトルごと宿舎のホテルオークラに持ち帰った。いい話です。
