8月1日午前10時から東京・隼町のホテルグランドアーク半蔵門で、故杉田和博元内閣官房副長官(享年84歳)の「お別れの会」が開かれた。安倍晋三、菅義偉両政権で歴代最長の約8年9カ月にわたり、首相の女房役であり内閣のスポークスマンである官房副長官(事務)を務めた。
「官邸の主」と称された警察官僚出身の杉田氏(1966年警察庁入庁)は、危機管理のプロフェッショナルである。「安倍1強」下の2017年2月、大阪府豊中市の森友学園への国有地売却に関する疑惑が発覚。安倍晋三首相の昭恵夫人関与問題から財務省による公文書改ざん問題までにエスカレートし、安倍政権は窮地に追い込まれた。安倍官邸で「森友学園問題」対策の事実上の責任者が杉田官房副長官であり、対応の具体策を建言したのは今井尚哉首相政務秘書官(82年旧通商産業省)であった。
高市早苗首相はお別れの会の開始に先立つ同日午前9時29分にホテルに着き、会場となった同ホテル「富士の間」で献花し、同44分に官邸に戻った。木原稔官房長官、自民党の麻生太郎副総裁らも開始前に花を手向けた。参列者は、菅元首相をはじめ発起人の田中節夫元警察庁長官ら政府関係者、自民党有力者ら約500人が参列した。
4階の会場からエレベーターで1階に降りると、正面玄関近くにカフェ「パティオ」がある。午前11時頃、カフェで歓談する2人の男性に目を止めた人は殆どいなかった。
しかし霞が関の住人であれば目を凝らすまでもなく、彼らが誰なのか直ぐに判じただろう。そう、政界関係者の間では「超有名人」なのだ。現認した人物は「なるほど、そういうことか」と、得心したのではないか。
目撃されたのは秋葉剛男元国家安全保障局長(82年外務省)と上述の今井元首相政務秘書官(後に首相補佐官兼務)である。現在、秋葉、今井両氏はそれぞれ内閣特別顧問、内閣官房参与であり、高市首相の有力なブレーンとされる。
両氏は首相官邸に常駐していない。では、話し込む2人を目敏く見つけた人物がなぜ、「なるほど」と得心したのか。理由は後述する。7月に実施された報道各社の世論調査で内閣支持率は軒並み急落した。下落幅は各社でまだら模様だが、それまで支持率60%台を維持していたメディアで10㌽以上も下がったのだ。同月半ばと後半に行った世論調査の結果が実施したメディアの社論にリンクしたのが興味深い。
以下、新聞4社の調査結果である。朝日新聞調査(7月18~19日実施):内閣支持率前回比7P減の53%、毎日新聞(同):前回比10P減の41%、読売新聞(7月24~26日実施):前月比12P減の57%、日本経済新聞・テレビ東京(同):前月比10P減の58%。
ちなみに政権に厳しい「毎日」は、不支持率が9P増の44%で、支持・不支持が逆転した。保守色が濃い「産経」でも、支持率が3カ月連続で下落している。
その中でも「読売」と「日経」の調査結果は、高市官邸に大きな衝撃を与えた。当然だ。よりによって支持率60%台後半を維持していた「保守論調」の両紙が、と政権幹部は思わず天を仰いだに違いない。
下落要因はハッキリしている。国会での皇室典範改正をめぐる皇位継承の議論が不可解かつ生煮えで、極めて不評だったことが大きい。「読売」調査では、皇室典範改正などの重要案や政策で高市首相が国民に十分に説明していると思うかについては「思わない」62%で、「思う」29%を大幅に上回った。「日経・テレ東」調査では「女性天皇を認めるべき」は8割を超えた。「愛子天皇」を求める世上のうねりを過小評価するとしっぺ返しが待っている予兆と言っていいかもしれない。▶︎
▶︎支持率下落の要因はもう一つある。首相は、2月衆院選で自民党公約にした「食料品の消費税減税」の呪縛から逃れられないのだ。連綿と続いた社会保障国民会議実務者会議で与野党論議は平行線のまま消費税減税を「悲願」とする高市氏に押し切られて、最終的に来年4月から2年間限定で食料品消費税1%と現金給付と合わせた「実質ゼロ」で見切り発車した。
高市氏の「強行突破」路線は自民党内に波紋を呼んだというよりも波乱を招いた。いの一番に噛みついたのは、高市政権発足時に自民党税制調査会の「インナー」と呼ばれる幹部を退任した森山裕前幹事長だった。政府・与党で消費税率8%の1%への引き下げを閣議決定した2日後の8月7日に地元・鹿児島市で「財源なき減税は国債の信認に関わる」と強い懸念を表明した。
この森山発言を皮切りに、かねて財政規律を重視し、首相の「責任ある積極財政」に厳しい姿勢を示してきた小渕優子元経産相、古川禎久元法相、石破茂前首相、村上誠一郎前総務相、河野太郎元外相らが改めて食料品消費税減税に注文を付けた。もちろん、止まらない円安・債券安(長期金利上昇)阻止のため7月31日の日米通貨当局による円買いの為替協調介入は、財政拡大政策への市場の不信認の「証」と受け止められた。
一歩踏み外した先には、党内政局が待っている。こうした緊迫化する国内外情勢の中で、高市首相の有力なブレーンとされる秋葉、今井両氏はあえて、前編記事の冒頭に紹介した故杉田元内閣官房副長官の「お別れの会」に参列・献花した後に、会場となったホテルのカフェで歓談する姿を政界関係者に見せたのではないか。ここ当分の間、日本は先行きが見通し難く、かつ厳しい国際情勢下で政治経済・外交安保の難題に直面するが、最速で10月初旬の臨時国会召集前に党内波乱が出来する可能性は排除できない。
よって、カフェでの歓談には、自分たち2人は当面、高市政権をしっかりと側面サポートするという、取り分け霞が関官僚群へのメッセージが込められていた……。考え過ぎか、いや決して想像逞しくクライシス・シナリオを開陳しているのではない。事実、秋葉氏は8月5日午後、官邸で外務省幹部と共に高市氏と面会している。「首相動静」に載せた。
その後、読売新聞(8月14日付朝刊)の見出し「林氏 地方行脚に注力―総裁選 党員票伸び悩み、視察通じ知名度向上図る」にあるように、昨年10月の総裁選では1回目投票の議員票で5人中2位に食い込んだが党員・党友票で伸び悩んだ林芳正総務相が、積極的に地方視察を行っていると報じた。林氏が7月19日の群馬県視察の際に小渕氏、地元県議と懇談したことは興味深い。両氏は財政規律派である。
加えて、細川護熙元首相が10日発売の『文藝春秋』(9月号)に「高市総理よ、日本を壊すな―皇室典範<だまし討ち>改正は許されない」を寄稿している。早くも来年秋の総裁選に向けた前哨戦が始まった感が強い。こうした状況下で秋葉、今井両氏の政治パフォーマンスは、まさに「スーパー国家官僚」が故のことではないか。
