8月下旬のこと。NHKが近々、トランプ政権が軍事作戦に踏み切る経緯をドキュメンタリー仕立てにして、米テレビ局制作の特別番組を放映するようだと聞いた。
そして実物の番組は、筆者の想像を遥かに上回る高いレベルのドキュメンタリー番組であった。ヒト、モノ、カネだけでなく、タップリと時間をかけて制作された、活字・映像の領域を超えた調査報道の「見本」のようなドキュメンタリーだ。
それは、NHK BSの「世界のドキュメンタリー」の枠で、9月1日と2日の両日に前後編が放映された。邦題は「戦時のホワイトハウス―トランプ政権中枢の内幕」と謳われた。原題は「The War Cabinet」。まさに「戦時内閣」である。
某日夜、前編・後編を録画で一気に観た。そして秀逸番組制作の背景を調べるべく、番組最後に記述されたエンドロールを直ぐにスマホで撮った。次のように記されていた。
EXECUTIVE PRODUCER & EDITOR IN CHIEF : Raney Aronson-Rath
A FRONTLINE Production with Kirk Documentary Group
FRONTLINE is a production of GBH which is solely responsible its content.番組について、英語版のウキペディアで基本情報を得られた。マサチューセッツ州ボストンに本拠を置くGBHは、米公共放送(PBS)の中核放送局であり、米国を代表する調査報道番組「FRONTLINE」を制作する著名なローカルテレビ局である。それだけではない。気鋭のドキュメンタリー監督であるマイケル・カーク(Michael Kirk)率いるカーク・ドキュメンタリー・グループと共同制作を行っている。米GBHの番組「FRONTLINE」で、当該の「The War Cabinet」(84分)が放映されたのは5月26日のことだった。
そのドキュメンタリーは、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が米ホワイトハウスを訪れ、正面玄関で出迎えたドナルド・トランプ大統領と濃厚なハグを交わす場面から始まった。まさに米国・イスラエル共同作戦によるイラン空爆で口火を切ったイラン戦争を象徴するシーンだ。当番組には日本のテレビニュースでは観られない「秘蔵」映像が、ふんだんに使われている。具体例を挙げよう。昨年9月30日、ピート・ヘグセス国防長官命令で、世界各地に展開する米軍の将官・提督ら約800人の幹部がバージニア州のクワンティコ海兵隊基地に一斉召集された。トランプ大統領も出席し、演説を行った。
米国の陸・海・空・海兵隊4軍幹部を対面で呼び寄せるなど、異例中の異例のことだ。そして当番組は、大統領演説ではなく国防長官訓示に重点を置いた。ヘグセス氏は最近の軍内の多様性(DEI)を重視する風潮を厳しく批判した上で、各軍の法務官(言わば軍人弁護士)の言動を許容できないと断じた。極めつけは、「全軍人は米国最高司令官である合衆国大統領に服従しなければならない。不満があれば直ちに退役しろ」と言い切ったことだ。「ペンタゴンで肥満の将軍や提督を見るのは容認できない。ひげを生やすような連中もいらない」とも述べた。カメラは、神妙に聞き入る将官・提督の顔を繰り返し舐めるように追い、アクロバティック・パフォーマンスのように壇上で動きながら怒鳴る同長官に向けたカメラアイに作り手たちの「批判精神」を感じたのである。それでも、僅か7カ月前に統合参謀本部議長としてDEI推進していたチャールズ・ブラウン空軍大将を解任した長官の前では項垂れるだけ。▶︎
▶︎もう一つ極めつけの映像があった。トランプ政権が1月3日未明に南米ベネズエラの首都カラカス及び近郊の軍事施設・空港を奇襲空爆し、大規模な軍事作戦を展開してニコラス・マドゥロ大統領を拘束・米国移送したベネズエラ攻撃に関するものだ。
筆者が驚いたのは、軍事作戦にまつわるシーンが米陸軍特殊部隊デルタフォースの電光石火大統領誘拐でもなく、米空軍のB-2ステルス爆撃機によるロシア製防空システム突破などの圧倒的な電子戦争でもなかったことだ。それは、俄かに信じ難いシーンなのだ。ベネズエラ攻撃に至るまでにホワイトハウス(WH)の大統領執務室、地下のシチュエーションルーム、そしてフロリダ州パームビーチの私邸「マーラ・ラゴ」など各所で、そして同じ部屋にトランプ氏がいる・いないに限らず、マルコ・ルビオ国務長官兼大統領補佐官(国家安全保障担当)代行とスティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策担当)の2人が人目を憚りながらもヒソヒソ話を繰り返す姿をアップで撮っている(もちろん至近距離からではない)。
なぜ、信じ難いのか。当然、理由がある。ルビオ氏は次期大統領に最も近いとされるJ・D・バンス副大統領の唯一無二のライバル。そしてミラー氏は、トランプ政権内バンス支持勢力の中核メンバーに数えられている。前号コラムで言及した著名実業家ピーター・ティール氏(米ペイパルやパランティア・テクノロジーズの共同創業者で、シリコンバレー発のリバタリアン=自由至上主義者の始祖)は、バンス氏をトランプ後継に強く推している。
ところが、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」を強く支持し、その政策を自ら体現する事に傾注するバンス氏は、イラク戦争従軍経験もあり、巨額な戦費を投じ、かつ従軍兵士を危険に晒す「戦争絶対反対」論者である。政権内で終始、ベネズエラ軍事攻撃など「とんでもない!」と唱えていた。一方、社会主義国キューバから移民した両親を持つルビオ氏は、反キューバ政府のスタンスが堅固だ。共和党のフロリダ州議会議員、同州選出上院議員時代から内政では自由貿易・グローバル資本主義、小さな政府と新自由主義、不法移民の合法化、銃規制に反対の立場で、外交では反キューバ・対中国の最強硬派である。またカトリック教徒でもある。
だが、第2次トランプ政権誕生以降、将来の野心を視野に置くもリアリストに徹する。そうしたルビオ氏に接近したのが、ミラー氏である。大統領が拘泥する大量の不法移民の強制退去を国内外の反対論を押し切って実現するため、ルビオ氏に社会主義政権の打倒にはキューバの命運を握るベネズエラ産石油の遮断が常套作戦だと持ちかけた。と同時に、ベネズエラが米国向け麻薬(フェンタニルを含む)中継地であるとトランプ氏に説明すれば、ベネズエラ攻撃のゴーサインも得られると考えた。そして両氏の共闘が成った。
要は、ベネズエラ攻撃計画がルビオ・ミラー連合の合作であるとの証しとして、周辺に気配りしながら密議を重ねる2人を撮った映像を入手したGBHのカーク・チームは称賛に値する。
そこで問題は、11月3日の米中間選挙を控えた最新のWH内のパワーバランスの現状である。「暗黒啓蒙」の思想家カーティス・ヤーヴィン氏の言葉を借りれば、トランプ流の「ジャクソニアン」が引き続きWHで大きな影響力を維持するならば、果たして賽の目はバンス氏でなくルビオ氏に向けて出るのか。まだ分からない。高市早苗首相は来週19日、ニューヨークに向けて発つ。22日夕(現地時間)、国連総会で演説する。同日までにトランプ大統領との面談を希望するが、それは今のところ、叶いそうにない。