「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」(座長・佐々江賢一郎日本国際問題研究所理事長・元駐米大使)の第4回会合は9月17日午後1時から約1時間半、東京・永田町の内閣府本府庁舎に隣接する中央合同庁舎8号館8階の特別大会議室で開かれた。ほぼ1カ月余り前のことだ。出席者は以下の通り。有識者側(14名):遠藤典子(早稲田大学研究院教授)、大矢光雄(東レ代表取締役社長)、黒江哲郎(三井住友海上火災顧問・元防衛事務次官)、佐々江日本国際問題研究所理事長、清水賢治(フジテレビジョン代表取締役社長)、鈴木一人(東京大学公共政策大学院教授)、橋本和仁(科学技術振興機構理事長)、東野篤子(筑波大学人文社会系教授)、細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)、松尾豊(東京大学大学院工学系研究科教授)、三毛兼承(三菱UFJ銀行特別顧問)、森田隆之(日本電気取締役代表執行役社長兼CEO)、山口寿一(読売新聞グループ本社代表取締役社長)、山崎幸二(笹川平和財団上席フェロー・元自衛隊統合幕僚長)。政府側:露木康浩内閣官房副長官(事務担当。元警察庁長官・警察庁出身)、市川恵一国家安全保障局長(前官房副長官補・外務省出身)、尾上定正首相補佐官(元航空自衛隊補給本部長・空将=航空自衛隊出身)。あとは、少数の陪席者である(注:尾上氏は同17日付で退任)。政府は10月14日にその議事要旨を発表した。日本経済新聞(15日付朝刊)は4面の政治・外交欄に、「非核三原則の『表現検討』―首相、安保3文書で可能性言及―『持ち込ませず』念頭に」の見出しを掲げた記事を掲載した。同記事リードはこう伝える。<高市早苗首相は14日、年末に予定する「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の改定を巡り非核三原則について「表現ぶりに検討の余地がある」と言及した。非核三原則そのものは変えないものの、3文書で示す政府方針の見直しを示唆した>
記事本文の「肝」は以下の通りである。<……首相はかねて核兵器を「持ち込ませず」とする三原則の見直しが持論だった。2025年10月に首相に就任してからは「三原則を堅持している」との従来の政府答弁を踏襲していた。首相が答弁で(14日の衆院予算委員会)踏み込んだのは安保環境の変化が大きい。……「持ち込ませず」を見直して米国の核兵器を日本に事実上配備することを容認し、核を含む抑止力を拡大すべきだとの意見がある。(中略)今回の3文書改定に向けた政府の有識者会議では一部の識者が「持ち込ませず」を議論すべきだと提起した>「日経」記事には、別枠で見出し「原潜保有の『調査』明記案―機動力確保、費用1兆円の見方」を掲げた関連記事がある。こちらは<3文書改定に向けた政府の有識者会議はこれまで会合を4回開いた。原潜の導入に積極的な声がある一方、慎重論もある。有識者会議の提言では原潜を巡り方向性を示すことはしない見込みだ。有識者の一人は「政府の判断を縛らないような書きぶりになると思う」と明かす>と、原子力潜水艦問題に絞っている。
同記事を読んで筆者の関心は、有識者メンバー14人中の誰が「核兵器を持ち込ませず」の見直しを提案し、誰が「原潜導入」を積極的に主張したのかに向かった。「原潜導入」提唱者は直ぐに判明した。第4回有識者会議時に配布された議事要旨と、机上配布参考資料にその解があった。前者の最後のパラグラフ(原子力潜水艦)の項目。そこには、当日出席者の発言<原子力潜水艦の必要性は理解できる一方、現在の自衛隊の組織を大きく超えるものであり、原子力の安全性・管理の問題等もあることから、現時点で導入の結論を出すことは難しい。他方、検討自体を否定するものではない。三文書には「検討する」ということは書いてしかるべき>が、正確に記述されている。要は、これが会合で語られた言葉なのだ。▶︎
▶︎机上配布参考資料には、「遠藤教授発言案」(A4版3枚)と実名が明記されており、その中で<我が国には原子炉の設計・製造能力を有しており、すでに原子力潜水艦の導入計画を明らかにした韓国と比較すれば、濃縮および再処理に係る技術基盤まで国内に保持しており、燃料の確保を他国の承認に依存しない点で、原子力潜水艦の導入を行える数少ない国の一つである>と断じている。
日経新聞が報じた<積極的な声>を上げた人物は遠藤氏のことである。同氏が言及した韓国の原潜導入計画は、昨年10月29日に韓国・慶州で行われた米韓首脳会談冒頭の頭撮りで李在明大統領がアドリブでトランプ大統領に対し原潜に必要な核燃料の移転の承認を求めたことに端を発する。翌日、トランプ氏はすかさずSNSに韓国の原潜建造を承認する旨を投稿した。韓国の原潜基本計画の現状は、①2030年代半ばの進水、後半就役目標、②燃料は20%未満の低濃縮ウラン使用、③韓国内で潜水艦の開発・建造、④核兵器を保有・開発しない原則の堅持、⑤国際原子力機関(IAEA)と協力し原潜用核物資を透明管理――と厳しい条件が付いている。
それでもトランプ氏がゴーサインを出した理由は、実は中国が潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「巨浪3」(射程距離が米本土に届く1万4000㎞に達する)を搭載した最新鋭原潜が南シナ海に配備されたからだ。このように、日本を取り巻く安全保障環境はドラスティックに変化し、かつ厳しくなってきている。
そうした中で行われた「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」で飛び出したのが、日本の原潜導入論なのだ。では、提唱者の遠藤早大教授とはいかなる人物なのか。ユニークなキャリアの持ち主だ。もともとは1994年にダイヤモンド社入社、週刊ダイヤモンド副編集長を歴任した。退社後の12年に京都大学大学院エネルギー科学研究科博士課程修了・14年博士号取得、15年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授、16年NTTドコモ社外取締役、19年阪急阪神ホールディングス社外取締役、24年早稲田大学理工学術院総合研究所上級研究員。
とりわけ、際立つのは現在の高市政権の「日本成長戦略会議」有識者構成員12人の一人の遠藤氏以外に、「安全保障を考える有識者会議」メンバーでもある鈴木、松尾両東大教授も名を連ねていることだ。要するに、遠藤、鈴木、松尾3氏は高市政権の外交・安保・経済・財政などの目玉政策に深くコミットしている。世上では「お抱え学者」と言う。先夜のテレビ番組で保守派論客の先崎彰容社会構想大学院大学教授が、原潜導入反対論を展開していた。原潜導入の管理・運用には3隻態勢が求められ、費用1隻約1兆円×3隻=約3兆円の予算が必要となる。現在の日本には社会保障関連予算を削って原潜導入のニーズは全く無いと、小気味よく断じていた。どちらに説得力があるのか、自明であろう。
