日本経済新聞の名物連載「私の履歴書」は現在、運用資産残高1.4兆ドル(約220兆円)に達する米投資ファンド大手のブラックストーンのスティーブン・シュワルツマン会長兼CEO(最高経営責任者)が連載中である。
米投資銀行リーマン・ブラザーズを退職したシュワルツマン氏は1985年10月1日、ニクソン政権時代の商務長官だったピート・ピーターソン氏とブラックストーン(Blackstone Inc.)を創業した。ちなみに「ピート(ギリシャ語で石=stone)」と「シュワルツ(ドイツ語で黒=black)」を組み合わせた造語である。
シュワルツマン氏とドナルド・トランプ大統領との関係は長く、かつ深い。第1次トランプ政権誕生直前の2016年12月2日、トランプ氏は米経済界の首脳を集めた助言組織「大統領戦略政策フォーラム」(議長・シュワルツマン氏)を発足させた。主たるメンバーは、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン会長兼CEO、ゼネラルモーターズ(GM)のメアリー・バーラCEO、ゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチ前会長、IBMのジニ・ロメッティCEOら16人(17年8月に同フォーラムは政権との意見の相違が際立ち、解散に追い込まれた)。
それでも、トランプ氏との緊密な関係は続く。時代は一気に第2次トランプ政権の25年3月まで飛ぶ。その後の米中関税戦争の先駆けとなった米中貿易摩擦の真っ只中の同3月28日、中国の習近平国家主席は北京を訪れた外国企業トップ約40人と会談した。そこには当然ながら、トヨタ自動車の豊田章男会長、韓国サムスン電子の李在鎔会長、独BMWのオリバー・ツィプセ社長らとともに、訪中団リーダー格としてシュワルツマン氏がいた。
同氏と中国の関係は深くて緊密である。2016年、習主席の母校である北京の清華大学に私財1億ドル(約110億円)を投じて世界から留学生を集める奨学制度「シュワルツマン・スカラーズ」(1年間の修士課程)を設立した。同氏は中国を訪れる時は必ず紫色のネクタイを着用する。同色ネクタイは、この奨学制度プログラムの象徴的なアイテムだ。
そのシュワルツマン氏は高市早苗政権発足1週間前の昨年10月15日夕、東京・永田町の自民党本部に高市氏を表敬している(長谷川榮一ブラックストーン・ジャパン顧問が同席)。さて奇しくも、……と書く。秋葉剛男内閣特別顧問(前国家安全保障局長・その時点で)が、同日午後、同じ党本部4階の総裁応接室で岡野正敬国家安全保障局長、外務省の船越健裕事務次官、熊谷直樹北米局長、財務省の新川浩嗣事務次官、緒方健太郎国際局長、防衛省の大和太郎事務次官らとともに、次期首相に経済安全保障政策についてブリーフィングを行っている。なぜ、「奇しくも」と書いたかの理由は後述する。世界有数の投資ファンド、ブラックストーンは2025年1年間に5回、日本経済新聞に1ページ全面広告を出稿した。シュワルツマン氏の顔写真を大きく掲げ、キャッチコピー「40年にわたって、誰も見たことのない可能性を、追求してきました。Blackstone-私たちは、世界最大級のオルタナティブ投資運用会社です」付きの全面広告である。9月8日(月)の朝刊4面、10月23日(木)の朝刊6面、11月5日(水)の朝刊6面、11月26日(水)の朝刊6面、12月24日(木)の朝刊8面と5回掲載された。
今年も同社の日経新聞への1ページ全面広告ラッシュは続いた。写真がシュワルツマン氏1人からジョナサン・グレイ社長兼最高執行責任者(COO)と重富隆介日本法人代表取締役会長の2人を左右に従えたスナップ写真に代わった。キャッチコピーも「株式や債券にとどまらない、資産運用の新たな一手。Blackstone-変化に先手を。ブラックストーン」に変容を遂げた。4月21日(火)の朝刊6面、4月22日(水)の朝刊5面、6月3日(水)の朝刊6面の3回が日経新聞1ページ全面広告。ところが、新たに読売新聞が10月16日(金)の朝刊5面に写真もキャッチコピーも全く同じ1ページ全面広告を掲載したのだ。それだけではない。筆者は25日(日曜)夜、寛ぐなか偶然だが、日本テレビでブラックストーンのグレイ社長兼COOの顔出しCMを現認した。あのブラックストーンがテレビコマーシャルまでやるのか、と仰天した。▶︎
▶︎同社が目指しているのは、いったい何なのか。高市氏を表敬した昨年10月15日に、「iPS細胞のがん治療への応用に取り組む京都大学・山中伸弥教授とシュワルツマン氏が研究支援で合意した」と、日経新聞に語った。27年度までの2年半で250万ドル(約3.8億円)の寄付を先端医療の実用化に生かすという。結構な話だ。
本業の投資では、同年に東京の旧赤坂プリンスホテル跡地の複合ビル「東京ガーデンテラス紀尾井町」を約4000億円で西武ホールディングスから取得した。NXホールディングス傘下の日本通運からも物流施設を約1000億円超で購入している。
そして今年も、と言うよりも冒頭に挙げた「私の履歴書」の連載がスタートした10月にも来日。メディア露出は日経新聞とNHKの2社。前者は、20日付朝刊に「『日本に最大6.4兆円投資』―米ブラックストーンCEO」の見出しを掲げるも、わずか30行の記事。
一方のNHKは、同日早朝のニュース番組で詳報した。リードにはこうある。<世界最大規模の投資ファンド「ブラックストーン」のスティーブン・シュワルツマン会長兼CEOは、NHKのインタビューに応じ、今後3年間の日本への投資額を400億ドル、日本円で6兆円規模に引き上げる方針を明らかにした>。「巨人」が動き出したのだ。いよいよ「奇しくも」の謎解きである。件の「私の履歴書」に、次のような記述がある。<後年私はトランプ大統領と習主席の間を取り持ち、米中の緊張緩和に動いた>(20回)。同氏自身が仲介を認めたのだ。まさに「事実は小説より奇なり」ではないか。トランプ第1次政権時代を含む米中間の「貿易摩擦」「関税戦争」がコリジョンコース(Collision course=正面衝突)を突き進まないよう、米中両首脳に働きかけられるのは唯一スティーブン・シュワルツマン氏だけであると、筆者が昨年春ごろから確信していたのには理由がある。筆者が昨年3月の某日夜、国家安全保障局長を退任して程ない秋葉氏と酒食を交えて差しで話す機会があった。オフレコなので中身は披瀝できない。だが、同氏が「トランプの背後に米中を取り持つスクリプトライターがいるはずだ」と語ったことを忘れていない。以来、頭の中が靄ったままだ。
と同時に、秋葉氏が24年1月25日、米ニューヨーク5番街のユダヤ教エマニュエル寺院で執り行われた故ヘンリー・キッシンジャー元国務長官の追悼式で逢ったシュワルツマン氏から自宅でお茶をと誘われ、パークアベニューの超豪華メゾン最上階を訪れた一件を思い出した。偶然はそう簡単に重ならない。筆者の推測は、ブラックストーンが何かどえらい投資案件を抱えているのではないか、というものである。果たして如何に。
