ここに来てバイデン米政権のこれまでの対中強硬政策に揺らぎが見え始めたようだ。筆者がその兆しを感知したのは、首都ワシントンで行われたホワイトハウス(WH)高官の発言内容を吟味するなかでのことだった。カート・キャンベル大統領副補佐官兼インド太平洋調整官は6月16日、古巣の民主党系シンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」設立15周年のイベントに招かれて講演した。このキャンベル講演を伝えたのは読売新聞(同17日付夕刊)のみである。同紙は一面トップに「太平洋新たな協力枠組み―米主導、日豪英仏など参加」の見出しを掲げて、次のように報じた。
《キャンベル氏は16日の講演で、太平洋諸国との関係を強化するため、日豪などと新たな協力枠組みを来週、創設する方針を明らかにした。多国間で連携し、南太平洋で軍事関与を強める中国をけん制する狙いがある》(同記事のリード)。中国はこの間、王毅外相兼国務委員がソロモン諸島、キリバス、フィジーなど南太平洋の島嶼国を歴訪し、港湾施設や空港などインフラ開発への巨額融資を通じて南太平洋地域への影響力を強めてきた。危機感を抱いた米・豪・英・仏・ニュージーランドは結束し、対抗措置を講じるべく水面下で新たな協力枠組み結成に向けて協議していたのは事実である。
だが、「来週、創設する」と報じられたものの、その後、今に至るまで具体策が表面化していない。そこで筆者はキャンベル講演のテキスト(英文の起こし)を取り寄せ、発言内容をチェックしてみた。確かに、キャンベル氏は「バイデン政権発足後16、18カ月を経た今、言えることは日本、韓国、オーストラリアなどとのイニシアティブが強化され、伝統的な同盟構築問題だけでなく、気候変動など21世紀の最先端の重要な分野についても、前例のないレベルの関与が行われるようになりました」と指摘した上で、AUKUS(英語圏の米英豪3加国の軍事同盟)、IPEF(インド太平洋経済枠組み)、Quad(日米豪印4カ国の協力関係)を具体例として挙げている。▶︎
▶︎ところが読み進めると、以下のような件があった《国家安全保障担当大統領補佐官(ジェイク・サリバン)は2日前、(中国外交トップの)楊潔篪(共産党政治局員)と会談しました。私も同席しました。ウクライナ、北朝鮮、東南アジア、インド太平洋戦略について、交渉の窓口をオープンに保ち、誤算(miscalculation)の可能性のある領域を除き、不注意や誤算あった場合にコミュニケーションリンクがあることを確認するために、詳細かつ非常に率直な議論を行いました。
これは、紛れもなく競争関係でありながら、できれば平和的な関係を築き、双方の競争の良い面を引き出せるようにするための第一の目標です(but hopefully a peaceful relationship in which the best aspects of competition on both sides can be brought out.)》。何と中国と「平和的な関係」を築きたいと言っていたのである。13日にルクセンブルクで行われたサリバン・楊潔篪会談は台湾を巡り、米側は懸念を示し、中国側が警告を繰り返すなど米中の激しい応酬は4時間半に及んだと報じられたのだが、キャンベル氏はサリバン氏が楊氏に平和的な関係を築きたいと述べたと明かしているのだ。
他にも兆しはあった。物価急騰対応に奔走するジャネット・イエレン財務長官は6月初旬から米議会の反対に抗して“虎の子”の対中関税引き下げを主張するようになっていたのだ。仮に「米中全面衝突」だけは何としてでも回避したいという思いが強いとされるジョー・バイデン大統領の胸中を忖度しての発言であったとすれば、「台湾有事」を前提として国家安全保障戦略関連3文書を年末までに改定するべく準備している日本は梯子を外されることはないのか。中国共産党政治局員の楊氏は党大会後に退任するが、キャンベル氏が11月8日の米中間選挙前にバイデン政権を離れるとの見方が米議会関係者の間で絶えない。
それだけではない。実は当のサリバン氏も、夫人の才媛マーガレット・グッドランダー氏(35歳)がニューハンプシャー州下院選に出馬するため退任するとの噂がワシントン政界で流布されている。バイデン“泥舟”政権から逃げ出すのはWHスタッフだけではなく高官にも波及しそうだ。岸田文雄政権の先行きは、取り敢えず7月10日投開票の参院選の勝ち方次第である。