8月9日付 ペロシ米下院議長「訪台」の意義 筋金入りの対中強硬派 台湾を離れた翌日、中国は軍事演習開始

8月2日22時45分(台湾時間)、ナンシー・ペロシ米下院議長(82歳)は米空軍機SPAR19(ボーイングC-40 C)から台北市松山空港に降り立った。15時42分にクアラルンプールを発った同軍用機は航路を最短距離の中国が軍事拠点を置く南シナ海を迂回し、ボルネオ島とフィリピン上空を経て松山空港に着陸した。仰天したのはその間、約292万人が「フライトレーダー24」(航空機の位置情報を提供するウェブサイト)を通じて航路を追跡していたことだ。「万が一」が懸念されたペロシ氏訪台に多大な関心を抱いていたのである。 
 さて、肝心のペロシ氏。翌日午前、立法院(国会)を訪れた際、1989年の天安門事件に言及するなど改めて中国の人権弾圧を強く批判した。その後、総統府で蔡英文総統と会談、台北賓館で昼食。米議会で対中国政策最強硬派の面目躍如だが、11月の米中間選挙で下院民主党の敗北が確実視され下院議長退任を余儀なくされるため、自らのレガシー作りとの指摘も少なくない。 
 それでも「鉄の女」は中間選挙のカリフォルニア州第8区(サンフランシスコの5分の4を含む)で再選を目指している。全米最大のチャイナタウンを有する選挙区で「反中国」を旗印にして87年以来、連続当選を果たしてきた同女史は筋金入りの対中強硬派である。▶︎

▶︎クリントン民主党政権時の97年4月にニュート・ギングリッチ下院議長(共和党)が北京で当時の江沢民国家主席と会談し、東京経由で台湾入りしている。そして李登輝総統と会談したが、台北滞在時間は僅か3時間だった。 
 一方、ペロシ氏はグランドハイアット台北(5つ星)に泊まり、最高層ビル「台北101」が歓迎のライトアップで色を添えた。“ペロシ・フィーバー“が巻き起こったのだ。同氏は3日夕に韓国の首都ソウルに向けて発ち、4日には金振杓国会議長と会談、その後板門店を視察。尹錫悦大統領とは電話会談だったのは、尹氏の“中国配慮”である。SPAR19は4日午後10時ごろ、東京都下の横田米空軍基地に着陸した。ペロシ氏一行は東京・虎ノ門のザ・オークラ東京に直行。岸田文雄首相は5日午前、ペロシ氏を公邸に招き、朝食を交えて1時間余会談した。3日に召集された臨時国会を傍聴、細田博之衆院議長らとも会談した。
 そして中国が台湾を取り囲む6つの海空域で11発の弾道ミサイル発射、100機以上の戦闘機と爆撃機、10隻の駆逐艦を動員した軍事演習を開始したのは、まさにペロシ氏が台湾を離れた翌日だった。