「ラムザン・カディロフ」の名前に読者の殆どは馴染みがないと思う。だが、ロシア南部チェチェン共和国首長であり、長い口髭の常に軍服略装と言えば、イメージできるのではないか。ウクライナの首都キーウ近郊ブチャで発覚した民間人大量虐殺に関与したのは、カディロフ氏率いるチェチェン部隊であったと国連人権理事会が認定している。要するにウクライナを侵略したロシアの傭兵の首魁ということである。 同氏(46)は2004年5月に暗殺された父アフマド・カディロフ首長の後継となった。その後、今日に至るまで国内外での誘拐、拷問、暗殺など“汚れ仕事”を請負った張本人として、その悪名を馳せた。
しかし、プーチン露大統領は真逆である。10月5日、カディロフ氏にロシア軍で元帥に次ぐ上級大将の称号を授与した。まさに直前の同1日、ウクライナ東部ドネツク州の要衝リマンがウクライナ軍に奪還された。そして同氏は「国境周辺に戒厳令を公布し、核兵器を使用すべき」と提唱したのだ。そしてロシア本土とウクライナ南部クリミア半島を結ぶクリミア橋の爆破事件の報復として、ロシアがウクライナ全域無差別ミサイル攻撃に及んだのは極右翼カディロフ氏を始めとする強硬派の台頭と無縁ではない。2014年3月のクリミア併合の「レガシー」である全長19㎞の大橋爆破によってメンツをつぶされたプーチン氏自身の怒りも大きいはずだ。▶︎
▶︎一方、ウクライナ東・南部での反転攻勢による戦況好転で勢いづくゼレンスキー大統領は東部ドンバス地方だけでなくクリミア半島の奪還・解放をも目指している。一歩も引かない構えである。
こうした中で、筆者が注目するのはジョー・バイデン米大統領の演説だ。10月6日、バイデン氏が現下の米露関係について1962年のキューバ危機になぞらえて言及した「アルマゲドン(最終戦争)」発言である。同演説で「私が理解しようとしているのは、プーチンのオフ・ランプ(出口)だ。彼は終焉(停戦)をどこに見出そうとしているのか?」と述べた。キーワードは「オフ・ランプ(off-ramp)」である。米外交用語では変化の兆しという意味だ。バイデン氏は11日の米CNNのインタビューでも「オフ・ランプに関してプーチンは今すぐ撤退しようと思えばできるし、その場合でも国内の地位を維持することは可能だ」と語っている。水面下で知られざる手が動いている予兆かもしれない。