我が国では世界トップレベルのソフトウェア企業の米パランティア・テクノロジーズの知名度は低い。だが、最近になって同社最高経営責任者(CEO)のアレックス・カープ氏の名前が主要メディアで散見するようになった。日本経済新聞(2月21日付朝刊)7面オピニオン欄に英誌エコノミスト(2月18日号)の記事を翻訳した「戦場変えた米テック2社」が掲載された。同記事の触りを紹介する。《……カープ氏は大胆にも自社は、ウクライナ軍が敵に狙いを定める方法を変え、テロとの戦い方も一変させたと語る。
加えて、自社の膨大なデータを解析するソフトは新型コロナのパンデミック(世界的大流行)中に何百万人もの命を救ったとも言う。この全部が真実と言えないかもしれないが、パランティアが戦場でも北大西洋条約機構(NATO)の情報網の一部としてもウクライナを支援していることに、ほぼ疑いの余地はない》。 同誌59頁Business欄の記事「Schumpeter / The data geeks of war(戦争データ・オタク)」のタイトルからも分かるように、パランティア社=カープ氏に対してやや辛辣であると感じる。『日経』(同24日付朝刊)は1面トップの「ウクライナ侵攻1年―変わる世界秩序㊤」でもウクライナ西部リビウ発で田中孝幸記者が同社について、次のように言及している。《……米データ解析会社のパランティア・テクノロジーズが提供した人工知能(AI)のソフトウェア「メタコンステレーション」は商業衛星や偵察ドローンなどの膨大なデータを瞬時に解析し、敵の位置情報を把握する。過去の戦闘から「学習」し、東部バフムトなどの激戦地で兵士を支援する》。ビッグデータ解析企業の同社(本社・コロラド州デンバー)は、著名な投資家で決裁サービスPayPalの創業者でもあるピーター・ティール氏―ドナルド・トランプ前米大統領の熱烈な支持者として知られる―が会長を務める。▶︎
▶︎一方、カープ氏は「アインシュタインのような髪型をした風変わりな哲学博士」(エコノミスト誌)であることから「戦争データ・オタク」と名付けられたのであろう。それでも同氏率いるニューヨーク証券取引所上場企業のパランティア社は2月13日に発表した22年度第4四半期(10~12月)決算が収益急伸し、時価総額は210億㌦(約2兆8600億円)に達した。同社の主たる顧客は米中央情報局(CIA)、米国家安全保障局(NSA)など米情報機関や米国防総省(ペンタゴン)である。実はそのカープ氏が昨年12月9日午後、首相官邸で岸田文雄首相と短時間ながら会談しているのだ。同席した秋葉剛男国家安全保障局長が岸田氏に推挙したとされる。
そして岸田氏は、そもそもキャラが際立ちオーラが漲るカープ氏に強い印象を受けたというのだ。カープ氏が話した内容の理解はともかく、その存在感に圧倒されたに違いない。首相が面談したからではないにしても、さすがと思ったのは、年明けの1月11日午前(米東部時間)に河野太郎デジタル相が米首都ワシントンのポトマック川沿いにあるパランティアDCオフィスを訪ねていたことだ。同氏は「ウクライナの最前線でいかにデータを使っているかのプレゼンを見て、最新の情報戦の凄さを知る」とツイートしている。同時期にやはりワシントンに滞在していた小野寺五典元防衛相も訪問している。
特筆すべきは、実は自民党内で経済安全保障の議論を主導してきた甘利明前幹事長が昨年の大型連休中にワシントンでバイデン政権や米議会の要人と協議した際、DCオフィスを訪れて同社幹部からAIを活用する可視化した位置情報を得る「Gotham」と呼ばれるビッグデータ解析のプラットフォームについての説明を受けていたことである。さすがだ。正直言って、筆者が「パランティア・テクノロジーズ」と「アレックス・カープ」という固有名詞を知ったのはわずか2カ月前の1月中旬のことだった。己の不明を恥じ入る次第である。