日本銀行の植田和男総裁は、7月27~28日の政策決定会合で長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)を追加修正することを決断した。大規模な金融緩和策の枠組みを維持した上で、これまで0.5%としてきた長期金利の変動幅の上限を「0.5%超」に容認しつつも、事実上YCCの撤廃と言えるものなのだ。政治マターにも配慮した絶妙な判断である。植田氏は会合後の28日午後3時半から記者会見を開き、「YCCの運用を柔軟化することを決定した」と述べ、さらに金融緩和の持続性を高めること、物価高止まりの現状を注意深く見守るとも語った。 金融市場関係者の間では事前の予想でYCC修正せずとの見方が支配的だった。日本経済新聞社の日経QUICKニュース(NQN・7月21日付)が大和総研の久後翔太郎シニアエコノミストら日銀ウォッチャー26人を対象にアンケート調査を実施、そのうちの17人が7月会合では「現状維持」と回答した(全体の65%を占めた)ことからも、それは分かる。
一方、SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストは日経ヴェリタス(同23日号)のアンケートに「7月のYCC撤廃もあり得る」と答え、イールドカーブのゆがみは現在ほぼ解消しているものの「YCCは利上げの織り込みに障害となる」との指摘もしていた。そもそも今回のYCC修正は金融政策正常化の始まりではなく、2%のインフレ目標を安定的に達成するために必要な金融緩和の継続を最大化するための調整である。 米ニュースレターOBSERVATORY VIEW(20日付)で在ワシントン金融アナリストの齋藤ジン氏が「日銀は、正常化/出口の準備が整うまで『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』と呼ばれる政策枠組みを維持するだろう。現在のフォワードガイダンスでは、日銀はインフレ目標の安定的な達成が見通せるようになるまで、つまり出口に向かう準備が整うまで、『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』を通じて全体的な金融緩和を維持するとしている。植田総裁が忍耐強く待つ姿勢を強調する時はいつも、正常化/出口を指しているのであって、必ずしもYCC調整を指しているわけではない」と、既に看破していた。▶︎
▶︎ところが事前の予想や見立てに大きな影響を与えたのが、大手外国通信社のブルームバーグとロイターの記事である。前者は「日銀は現時点でYCC政策の副作用に緊急に対応する必要性は乏しいとみている」(21日夕配信)、後者が「日銀は(YCCのもとで)金融緩和を粘り続けることで経済を支えていく方針とみられる」(同夕配信)である。
しかし内田眞一副総裁発言(7月7日の日経新聞インタビュー)と植田総裁発言(18日にインドで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議の記者会見)を想起すれば、今回の植田決定はほぼ想定内であったことが分かる。内田副総裁「(YCC見直しは)金融仲介機能や市場機能に配慮しつつ、バランスをとって判断したい」vs.植田総裁「金融仲介機能とか市場機能に配慮しつつ(YCCのもとで)緩和を続けていく」、内田氏「YCCはうまく金融緩和を継続するという観点から続けていく」vs.植田氏「YCCのもとで粘り強く金融緩和を続けていく」――。正副総裁発言に整合性があるのは自明だ。
さて、今回の植田決定のもう一つのポイントは、冒頭に記したように政治配慮である。すなわち、安倍晋三政権下で黒田東彦前総裁が推進した異次元金融緩和政策(アベノミクス)堅持に拘泥する自民党の最大派閥・清和会(安倍派)への配慮だ。換言すると、YCC修正・調整のテクニカル面での対応によってその高いハードルをクリアしたのである。元東大教授の植田和男氏、なかなか強かな中央銀行総裁とみた。