外務省の夏の定期人事異動には際立ったポイントがあった。8月10日付発令の同人事の概要は以下の通り。外務事務次官・岡野正敬(前官房副長官補兼国家安全保障局次長=1987年入省)、外務審議官(政治担当)・船越健裕(前アジア大洋州局長=88年)、官房副長官補兼国家安全保障局次長・市川恵一(前総合外交政策局長=89年)、総合外交政策局長・河邉賢裕(前北米局長=91年)、アジア大洋州局長・鯰博行(前経済局長=89年)、北米局長・有馬裕(前アジア大洋州局南部アジア部長=91年)、経済局長・片平聡(前国際法局参事官=92年)。
尚、小野啓一経済担当外務審議官(88年)は留任。注目される主要国大使人事は次の通り。駐米大使・山田重夫(前政治担当外務審議官=86年)、駐露大使・武藤顕(外務省研修所長=85年)、駐韓大使・水嶋光一(駐イスラエル大使=85年)。山田、水嶋両氏は在外発令になるので大使着任は11月中旬頃だ。今回人事の最大のポイントは、7月中旬頃まで次期次官は岡野、山田両氏のいずれなのかで、霞が関だけでなく永田町でも予想が割れたことだ。春頃には森健良前次官(83年)の駐米大使転出が有力視されたが、5月の広島G7サミット後に同氏が「家庭の事情」で海外勤務を辞退する経緯もあったという。▶︎
▶︎その後、岸田文雄首相のウクライナ電撃訪問、ゼレンスキー大統領の広島訪問などに尽力した山田氏の次官待望論が高まる一方で、林芳正外相周辺や官邸サイドから「次官には岡野の方が向いている」との声が聞こえ始めた。
実は、次官人事は政治にも少なからず影響を与えた。岸田政権を支える外相経験者2人の自民党実力者を巻き込んだ。麻生太郎副総裁が岡野氏、茂木敏充幹事長は山田氏を推したのである。他方、首相の外交・安保政策ブレーンであり、官邸屈指の存在感を示す秋葉剛男国家安全保障局長(82年)が岸田氏に岡野氏を推薦し、次官当時の森氏は山田氏を念頭に置いていたという。
いずれにしても、岡野、山田両氏は甲乙付けがたい卓越した能吏であることは間違いない。当然ながら最終判断は首相に委ねられた。岸田氏の判断に影響があったとされるのは来年秋の米大統領選である。前大統領のドナルド・トランプ氏再登板の可能性を考慮せざるを得ず、山田氏の突出した米共和党人脈に重きを置いたのだ。そして新しい布陣を検証すると、かつての秋葉氏直属部下が多いことに気付く。世間はこれを「秋葉人事」と言う。