米国務省は9月29日午前(米東部時間)に極めて注目すべき人事を行った。マーク・ランバート国務次官補代理(東アジア・太平洋担当)が、対中政策に特化した専門部署「中国調整室(チャイナハウス)」のトップに任命されたのである。China Coordinator(中国調整官)が英語の正式表記であり、米国家安全保障会議(NSC)大統領副補佐官のカート・キャンベル・インド太平洋調整官もNSC Coordinator for the Indo-Pacificと表記される。国務省生え抜きのランバート氏は中国語、日本語、タイ語、ベトナム語、そしてスペイン語が堪能。夫人のローラ・ストーン氏も元国務次官補代理(南アジア担当)であり、同省32年間のキャリアを持ち、現在はアントニー・ブリンケン国務長官直属のCOVID対応・保健安全保障室副調整官である。
夫妻は在ベトナム米大使館のそれぞれ政治担当公使、経済担当公使時代の同僚である。ランバート氏は卓越したその語学力を生かし、ハノイ、バンコク、東京、北京勤務経験がある(註:国務省の語学研修でアジア4カ国語を希望・実現して省内で顰蹙を買ったというエピソードの持ち主)。同省有数の東アジア、東南アジア専門家として名高い。東アジア太平洋局韓国室時代(2019年4月~20年1月)は北朝鮮担当特使として同国のミサイル発射・核実験について国連安保理による非難決議をまとめる調整役を担った。ハノイ時代(13年7月~16年8月)には米国の南シナ海の海洋戦略立案に従事、米越関係の改善に貢献したことで高く評価された。2回の北京勤務があるが、同国に政治犯釈放を働き掛けて実現、同国の宗教の自由を促す戦略を考案したことで国務省の年間人権担当官に選出された。在北京大使館時代に対中政治軍事問題統括官だった同氏を知る外務省関係者は「2001年に発生した米海軍機EP-3墜落事件では得意の語学と交渉力で中国側と粘り強く交渉し、一触即発の危機回避に果たした役割は当時の西側外交団で話題となった」と語る。同氏がワシントン在住の外交団の耳目を集めたのは昨年12月16日(現地時間)。ブリンケン国務長官主導で対中政策調整に当たる通称「チャイナハウス」(正式名:Office of China Coordination)新設が発表されて、リック・ウォーターズ国務次官補代理(中国・台湾担当)がトップに就いた。▶︎
▶︎ランバート氏も中国副調整官としてチャイナハウスに名を連ねたが、当初から同氏がいずれチャイナコーディネーターに就くと言われていた。ワシントンの外交関係者は今回の人事を、元駐ベトナム大使であり現在の上司であるダニエル・クリテンブリンク国務次官補(東アジア・太平洋担当)が当時の子飼いの同氏を引き上げたと揶揄する向きが多い。それゆえに省内ではハレーションが起きているとの指摘もある。
いずれにしても、チャイナハウスに職員数1万3000人の国務省全体から中国専門家を集め、各地域局、国際安全保障、経済、先進技術・知財、多国間外交のスペシャリスト約60~70人と連携し、米国の対中政策調整という大きなミッションにはランバート氏の経験と知見が不可欠とされたからだ。ジョー・バイデン米大統領は、これまでトランプ前政権が対中を念頭に置いて展開してきた経済安全保障政策(輸出管理・投資・政府調達規制強化、投資規制、調達情報通信サプライチェーンでの排除、エマージング技術+基盤技術管理への対応、経済スパイ対策の強化)を継承・発展させる方針に変更はない。というよりも、「力による一方的な現状変更の試みに強く反対」の対中基本姿勢をさらに強めている。8月18日午前(現地時間)、米キャンプデービッド(大統領別荘)で行われた日米韓首脳会合で岸田文雄首相、バイデン大統領、尹錫悦大統領の3首脳が一致した項目に「重要・新興技術協力やサプライチェーン強靭化を含む経済安全保障分野における連携強化」があった。
こうした領域での対中政策を実務責任者として担うのがランバート氏である。では、サプライチェーン強靭化(半導体・先進蓄電池・重要鉱物)と輸出管理強化(マイクロエレクトロニクス・サイバー監視システム)などで、米チャイナハウスと協議・連携する岸田文雄政権の司令塔はいったいどの部署なのか。外務省総合外交政策局(河邉賢裕局長)?経済産業省貿易経済協力局(福永哲郎局長)?