日本の文学に多大な影響を与えた正岡子規も賞賛した俳人、松瀬青々の句に「人間の 行く末おもふ 年の暮れ」がある。自民党最大派閥の安倍派(清和会)中枢幹部「5人衆」は2023年が押し詰まった今現在、それこそ派閥と自らの行く末に思いを馳せているに違いない。自民党安倍派と二階派(志帥会)が政治資金パーティー収入の一部を裏金化していた事件で、東京地検特捜部(伊藤文規部長)はこれまでに安倍派座長の塩谷立・元文部科学相を始め、「5人衆」の松野博一前官房長官、高木毅前自民党国対委員長、世耕弘成前参院幹事長、萩生田光一前政調会長、西村康稔前経済産業相を任意聴取している。この中で松野→西村→高木氏の順で安倍派事務総長を務めている。ここに来て同派事務総長に永田町関係者の耳目を集めるのには理由がある。歴代事務総長がパーティー券販売のノルマ超過分を派閥・議員にキックバック(還流)することを同派会計責任者(事務局職員)らに指示していたとみられるからだ。
そこで押えておくべきポイントは、首相を退任した安倍晋三元首相が21年11月に派閥復帰後、初めて会長に就任し、20年余前から慣習化されていたパーティー券収入の還流取りやめを当時の西村事務総長と相談していた事実である。この件については朝日新聞(12月23日付朝刊)報道前に、実は夕刊フジ(12日付)が安倍氏に最も近い政治記者とされた元NHKの岩田明子氏の<安倍元首相が21年11月に初めて安倍派会長となった後、翌年2月にその状況を知り、「このような方法は問題だ。ただちに直せ」と会計責任者を叱責、2カ月後に改めて事務総長らにクギを刺したという>記事を掲載していた。いったんは悪しき慣習のパーティー券収入還流の廃止が決まったのだ。
ところが7月8日に安倍氏銃撃事件が発生し、同氏は亡くなった。翌8月には西村事務総長が高木氏に代わり還流システムは復活した。そして9月、遡る5月16日の安倍派パーティー(東京・芝公園の東京プリンスホテル)収入還流分が所属議員に現金で渡されたという。筆者は岩田氏の原稿を読んだ時に「まさか本当かよ」との印象を抱いたが、その後の取材で事実であることが確認できた。
となると、朝日報道にある<最終的に4月の(還流なしの)方針は撤回され、従来通りの裏金としての還流が9月にかけて実施されたという>のであれば、いったい誰がその指示を出したのか。当時の安倍派幹部が衆議一決して決めたのか、それとも今なお同幹部に多大な影響力があるとされる森喜朗元首相なのか。世間が抱く森氏に対する印象は何事につけても「よきに計らえ」タイプというものだろう。
だが、実像は真逆と言っていい。大分昔のことだが、一例を挙げる。自社さ政権の自民党幹事長時代から仲間うちのゴルフコンペ賞品は自分で買いに行く、メンバーの組み合わせも自分が決める。要するに、全てにおいて細かいのだ。その後に首相になり、派閥会長も務めているが、その「癖」は変わっていない。そこで筆者は乏しい想像力を働かせ、前事務総長の西村氏、現事務総長の高木氏のいずれか、あるいは両氏共に「天の声」足る森氏に指示を仰いだのではないかと思い至った。最新の週刊文春(1月4・11日号)は大々的に「西村本命」説を展開している。「江戸の敵を長崎で討つ」ではないが、これまでに東京地検特捜部が森氏を標的とした事案はある。1988年6月のリクルート事件で同社創業者の江副浩正元会長が政・官・財界要路に未公開株をバラ撒き、譲渡された政治家13人の1人が森元文相(当時)だった。
だが、特捜部は立件できなかった。近くは20年東京五輪の新国立競技場建設を巡る談合疑惑で同氏の名前が浮上した。長崎で討つ敵が森氏であるとの根拠は薄弱であることは認める。いずれにしても、東京地検特捜部は事件捜査を1月20日前には終結する。背筋に寒さを感じる安倍派議員は少なくない。強制捜査の総指揮を執る森本宏最高検刑事部長は「甲斐の壁」と言われる甲斐行夫検事総長を相手に駆け引きの只中にある。在宅起訴や略式起訴で終わらせないとの気概を持つ同検事の熱量は高い。期待するのは筆者だけではあるまい。想起すれば76年のロッキード事件、88年のリクルート事件は辰年だった。そして政治資金裏金疑惑立件の来年もまた辰年だ。偶然とはいえ見事に符合するではないか。