この10日間余に日本経済新聞を読んでいて目に付いた表記があった――。
それは「伊藤リポート」である。2回も記載された。2月22日に東京株式市場の日経平均株価が3万9098円と34年ぶりに最高値を更新した翌朝の日経新聞は1面トップに黒地・白抜きヨコ大見出しで「日経平均 最高値」を掲げた。同紙トップ記事中に次のような記述があった。<変化のきっかけは2014年に訪れた。経済産業省が通称「伊藤リポート」を公表し、自己資本利益率(ROE)8%を目安に資本効率を重視した経営に転換するよう日本企業に訴えた。国内外の投資家も対話を通じて「現金をため込む」経営からの脱却を促した。株主への配当は過去最高水準に膨らんだ>。2回目は、3月4日の東京株式市場で日経平均株価が史上初めての4万円台(終値4万109円)をつけた2日後の同紙朝刊1面の記事である。「上場企業の資本効率改善―今期ROE9.7%、円安・値上げ寄与」のタテ見出しを掲げた記事中にやはりこの表記を認めた。
以下の通り。<24年3月期のROEは金融危機後の過去最高である18年3月期(10.3%)に次ぐ水準だ。14年の経済産業省の提言「伊藤レポート」(注:理由は不明だが今回は「リポート」ではなく「レポート」と記述された)で望ましいとされた8%を3年連続で上回る。今期に8%以上となるのは約510社と全体の5割強に上る>。 読めばわかるように、この「伊藤リポート」は上場企業の自己資本利益率(ROE)が上昇する主因は純利益の拡大であると定義付けているのだ。
では、筆者を含め一般に馴染みが薄い「自己資本利益率(ROE)」とは、いったい何なのか。同紙(6日付朝刊)の「きょうのことば」を引く。<「Return On Equity」の略で、「自己資本利益率」ともいう。純利益を自己資本で割り100を掛けて算出する。株主が出資したお金を元手に企業がどれだけ利益を上げたかを示し、数値が高いほど資本効率が高いといわれる。株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているのかを示す「PBR(株価純資産倍率)」と相関関係があるとされる>。▶︎
▶︎読むと何となくわかった気になるのが不思議である。だが正直いって、よく理解できない。要するに、投資家にとってROEが株式売り買い判断の基準になるということだろう。ROE数値の上昇が国内外の投資家の「日本株買い」を促すということだ。
次に、株価4万円の大台に達した後の他紙報道である。朝日新聞(5日付朝刊)は3面に「株式市場過熱 潜む危機―東証初の4万円突破、半導体バブル指摘も」の見出しを掲げて、以下のように報じている。リードで<史上最高値を連日のように更新する上げ相場に、乗り遅れまいと投資を始める人が急増している。ただ、特定の銘柄が牽引する株高には危うさも潜む>と警鐘を鳴らした上で、本記はこう続く。<……「半導体バブル」との指摘も。純利益に対する株価の比率を示す株価収益率(PER)をみると、東京エレクトロンは昨年末の38倍から53倍に急上昇。大手証券関係者は「論理的に考えたら買えない水準だ」と言う>。AI(人工知能)ブームが去れば、半導体関連株の下落が避けられず、そうなれば日経平均も道連れになりうるというのだ。「朝日」らしいと言えばそれまでだが、同紙流の「一つだけは物申す」を貫いているのである。
最後は肝心な「伊藤リポ-ト」。2014年8月、伊藤邦雄一橋大学教授(当時)を座長とした経済産業省のプロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」が公表した最終報告書の通称である。その中で頻繁にROEが示す重要さについて言及されていた。10年前のことだ。それがやっと日の目を見た。「経済再生が最大の使命」(施政方針演説)を課された岸田文雄首相は今なお公約履行の道半ばにある。