負け惜しみと言われるのを承知の上で書く――。日本経済新聞(電子版3月17日18:54配信)が「日本人2人が月面着陸へ アルテミス計画、米と合意方針」の見出しを掲げて、以下のように報じた。
<日米両政府が米国主導の有人月面探査「アルテミス計画」で、日本人の宇宙飛行士2人を月面着陸させる方針で合意することが17日、分かった。4月10日に予定する日米首脳会談で宇宙分野での協力関係を確認し、盛山正仁文部科学相と米航空宇宙局(NASA)のビル・ネルソン長官が月面活動内容を盛り込んだ文書に署名する方向だ。……> 日米両国の宇宙飛行士による月面探査合意が、岸田文雄首相とジョー・バイデン大統領のトップ会談最大の話題になるというのである。筆者は3月初め、実は在京フランス大使館関係者から「日米首脳会談後の共同声明のトップ・セールスは2025年秋ごろに日米アストロノート(宇宙飛行士)の“ムーンウォーク(月面探査)・プロジェクト”になりますが、ご存知ですか」と質された。答えはノー。
もちろん、知る術がなかった。と同時に、たとえ米主導であれ日米共同の月面有人探査計画について、なぜ在日仏外交関係者が事前に日米首脳会談の中身を知っているのかと疑問を覚えた。先ずはその疑問への解である。謎解きしてくれたのは在日仏人ジャーナリストの友人レジス・アルノー氏。3月4~15日、フランス主導で米・独・英・伊・ベルギーなど北大西洋条約機構(NATO)加盟国、日・韓・豪、カナダ、アラブ首長国連邦(UAE)など15カ国は仏南西部トゥールーズで宇宙演習「アステリクス(AsterX)2024」を実施した。仏航空宇宙軍(司令官:フィリップ・アダム少将)が提唱した合同演習(通称「ウォーゲーム」)は今年で4回目である。航空自衛隊の東京・府中基地に司令部を置く宇宙作戦群(SOG)隊員も参加した今回の合同演習は、宇宙空間に核兵器配備するとされるロシアによるサイバー攻撃を念頭に宇宙での防衛強化のため各国連携で行われた。▶︎
▶︎一方、「アルテミス計画(Artemis Program)」は米NASAが計画の中核であるが、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)、欧州宇宙機関(ESA。本部パリ)、カナダ宇宙庁(CSA)、オーストラリア宇宙庁(ASA)も参画している。すなわち、フランス外交当局(情報機関DGSI?)が4月10日の岸田・バイデン会談後に発表される日米共同声明を巡る双方外交当局の水面下での交渉内容を察知していたとしても何ら不思議ではないということである。
では、こうした“ちょっといい話”を盛り込むべき日米交渉はどのように進められたのか。筆者が承知している範囲で言えば、次のような経緯がある。昨年1月の首相訪米に同行した林芳正外相(当時・現官房長官)とアントニー・ブリンケン国務長官が、岸田首相立ち合いの下、NASA本部で日米宇宙協力に関する枠組協定に署名していた。この協定署名を起点にして、日米実務責任者レベルは24年春に予定された国賓待遇による岸田首相訪米に向けて水面下で調整を続けてきたのである。
もちろん、日米交渉の本線は外交当局同士であるが、米側の裏ルートとして動いたのは米国家安全保障会議(NSC)のタルン・チャブラ技術・安全保障担当上級部長とされる。そしてそのカウンターパートは国家安全保障局(NSS。秋葉剛男局長)であろう。米NSCと我が国NSSの連携である。 斯くして筆者は「スクープ」を逃がしたのだ。それは良しとしよう。岸田政権にとって“ちょっといい話”が殆どない現在、この日米宇宙飛行士の月面ウォーク・プロジェクトは、米メジャーリーグ(MLB)ドジャースの大谷翔平選手並みに国民が多大な関心を抱くのは間違いないのだから。