岸田文雄首相は国賓待遇で米国を公式訪問する(4月8~14日)――。
注目するべきなのは、当初 予定になかった齋藤健経済産業相の同行が決まったことである。因って、今回の日米首脳会談の最重要テーマは経済安全保障問題であると言っていい。首相に同行する齋藤経産相はワシントンに滞在中、カウンターパートであるジーナ・レモンド商務長官とはもとより、ジョン・ポデスタ大統領上級補佐官とも会談する。筆者は、実は齋藤・ポデスタ会談に傾注している。ジョン・ポデスタ氏(75歳)のキャリアは次のようなものだ。ビル・クリントン2期目政権時の大統領首席補佐官を務め、その後、独立系シンクタンクのアメリカ進歩センター(CAP)を創設し責任者となる。バラク・オバマ大統領顧問(2014年1月~15年2月)を経て、22年9月にジョー・バイデン大統領上級補佐官に就任。ビル&ヒラリー・クリントン夫妻と同じシカゴ人脈だ。
では、なぜポデスタ氏なのか。大統領上級補佐官(気候変動対策担当)であるが、今年の3月に元国務長官のジョン・ケリー気候変動問題担当大統領特使が退任したため、同ポストも兼務する。ポデスタ氏の存在に注目したのは経済産業省(飯田祐二事務次官)である。同省は荒井勝喜通商政策局審議官と畠山陽二郎産業技術環境局長が中心となって岸田政権の表看板であるGX(グリーン・トランスフォーメーション)促進のため、米ホワイトハウス(WH)のポデスタ・チームと水面下で協議してきた。この日米連携の肝は「脱炭素協力」であり、日本のGX促進と米国のIRA(インフレ削減法)の下での脱炭素産業支援策との連携を具体化するとともに、「北米生産要件」に代表されるIRA支援の自国優先要件の修正を図ることにある。なぜならば、ポデスタ氏がWHで気候変動問題に対応する巨額産業支援策の司令塔を担っているからだ。
すなわち、今回の齋藤・ポデスタ会談ではIRAとGXの連携が主要テーマとなる。因みに、先月来日したポデスタ氏は同14日夕方、外務省に上川陽子外相を、経産省に齋藤大臣を表敬している。いずれにしても岸田政権のGX実現に向ける意気込みは半端ない。2050年のカーボンニュートラル(CN)に向けて、2030年度温室効果ガス排出量を2013年比46%削減するという削減目標を設定している。我が国の電源構成の推移を見てみよう。2011年3月11日の東日本大震災以降、脱炭素電源比率は低下したが、21年度には約27%(再生エネルギー20.3%、原子力6.9%)まで回復した。それでも30年度の目標数値である約59%(再エネ36~38%、原子力20~22%)に向けて脱炭素電源の活用が必要であることは自明だった。▶︎
▶︎そこで岸田首相は22年8月24日のGX実行会議で、それまでに再稼働した10基に加え、設置変更許可7基の原発について23年夏以降に再稼働を進めると言明したのだ。この「原発再稼働」は、同年12月に防衛費の大幅増額と反撃能力の保有などを盛り込んだ防衛3文書改定を閣議決定した「安保政策大転換」同様、岸田政権のレガシー(政治遺産)となった。
そして岸田政権は翌23年2月10日の閣議で、「GX実現に向けた基本方針」を決めた。中でもエネルギー安定供給の確保を前提としたGXの取組で際立つ一例が、2050年カーボンニュートラル(CN)達成に必要不可欠なエネルギー源の水素・アンモニアの重要性に対する認識が官民双方で高まっていることだ。今国会に水素社会推進法が提出されており、今週末にも衆院で可決されて参院に送られる。経産省の試算によると、水素・アンモニア国内導入量は水素300万㌧、アンモニア300万㌧であり、今後10年間で大規模かつ強靱なサプライチェーン構築とインフラ整備などに7兆円投資するという。すなわち、日米連携の水素サプライチェーン結成を目指すのだ。こうしたGX投資に世界最大資産運用会社の米ブラックロック(ラリー・フィンク会長・CEO)や最大手投資ファンドの米ブラックストーン(スティーブン・シュワルツマン会長・CEO)などが強い関心を持つ。事実、フィンク氏は3月21日、シュワルツマン氏が29日に首相官邸で相次いで岸田氏と会談している。両会談に金融庁の栗田照久長官と有泉秀金融国際審議官が同席したことからも、その意図が見て取れる。それにしても、である。齋藤経産相(衆院当選5回・無派閥)の鮮烈なワシントン・デビューは再生・自民党の次世代リーダーの選出を見据える上で看過できないファクターになるのは間違いない。