自民党の赤澤亮正衆院議員(63歳。当選7回・鳥取2区)の名前を聞いて、直ぐにああ、あの人かと顔が思い浮かぶ読者は相当の政治通である。永田町・霞が関関係者は石破茂首相の最側近として接する。10月1日に発足した第1次石破内閣では経済再生相として晴れて初入閣した。 当時、取り沙汰された話はこうだ。赤澤氏は組閣で石破氏に首相の女房役であり、内閣のスポークスマンである内閣官房長官への就任を直訴したが一蹴された。次に、財務相では如何でしょうかと言い放ったというのだ。口さがない永田町雀からは嘲笑された。曰く、いくら何でも厚かましい、身の程知らずだ、と。ところが、赤澤氏にはそれを撥ね返すだけの強い自負がある。すなわち、長きにわたって自民党内で反(非)主流派を余儀なくされた「孤高の政治家」石破氏を支えてきたのは自分一人だと。
加えて政治一家の血脈ということもある。そもそも赤澤氏の母方の祖父・正道は元自治相である。第3次池田勇人内閣と第2次佐藤栄作第1次改造内閣で自治相と国家公安委員長を務めた。一方、石破氏の父・二朗も旧自治官僚出身であり、建設事務次官、鳥取県知事を通じ田中角栄元首相の知己を得て国政に転出し、鈴木善幸内閣で自治相を務めているのだ。政治キャリアは衆院当選13回の石破氏のほうが大先輩である。だが、同じ鳥取県選出の保守政治家の家系ということが、赤澤氏の石破氏に対する特別な想いをさらに駆り立てるのかもしれない。第50回総選挙(10月15日公示・27日投開票)は与党の自民、公明両党が衆院過半数割れの大敗を喫した。11月11日に第2次石破内閣が立ち上がり、14~21日まで首相初外遊を行った。南米からの帰途、ドナルド・トランプ次期米大統領とのフロリダ州の別荘「マーラ・ラゴ」での面会という政権浮揚策は期待外れの空振りに終わった。
その直後の毎日新聞世論調査(23~24日実施)で内閣支持率が前月比15P減の31 %、自民党支持率は8P減の21%と、政権与党にとって大変厳しい数字が出たのだ。早くも「青木の法則」(内閣支持率と自民党支持率を足して50%を下回ると政権運営が難しくなるとされる)が適用されかねない状況である。▶︎
▶︎石破首相が大ピンチに陥っているのは誰の目にも明らかだ。そんな折に赤澤氏について聞き捨てならぬ風聞を耳にした。それを「赤澤案件」と名付けた。事実であれば、赤澤氏は「佞臣」と言われて然るべきだ。同氏は大臣でありながら、異例にも首相執務室がある官邸5階に「別室」を与えられ、同所に外務、財務、経済産業省中堅幹部を招集して政権運営協議を行っているというのだ。
それだけではない。その協議内容を踏まえて赤澤氏が首相以下、政務・事務内閣官房副長官3人、政務・事務担当首相秘書官8人の面前で政策プレゼンをしているというのである。 同氏が石破氏にとって「精神安定剤」の役割を果たしていることは承知する。だが、これは明らかに一閣僚の矩を踰えている。なぜならば、指示系統にひとたび特例を認めると官邸が機能不全に陥りかねないからだ。あるいはは「二重権力」の謗りを免れない。このリポーティングラインから林芳正内閣官房長官が排除されている。まさに“林外し”の側面もあると言えよう。赤澤氏本人には政局案件であるとの自覚がない。それだけに石破氏の統治力が問われているのである。
残念ながらその統治力は薄くて軽い。「史記」の『項羽本紀』の故事から引けば、石破氏は今、「四面楚歌」に近い状況に置かれている。周囲を敵に囲まれて孤立無援な己がそこを突破するには何が必要なのか。 石破氏がこのまま「正論アウトサイダー」に甘んじていては突破できない。取引も妥協も虚勢も不義も狡猾も怜悧も冷徹も必要である。要は、理が非でもやれることはすべてやるのだ。でなければ、狂気の裏に弱気を見せたシェイクスピアの「マクベス」になってしまうであろう。