もしかすると石破茂首相は決定的な過ちを犯しているのかもしれない。どうも自分とドナルド・トランプ米大統領は「ケミストリー(外交用語で相性)」が合うと思い込んでいるフシがあるようだ。2月3日午後の衆院予算委員会。質問に立った与党・公明党の岡本三成政調会長はトランプ氏と信頼関係を構築してほしいと求めた。石破氏は「トランプ氏は意外と人の意見を聞く人だと聞いている。
……ひょっとしたら(安倍晋三元首相同様に自分とも)ケミストリーが合うかもしれない」と答弁した。石破氏は7日午前(米東部時間)、首都ワシントンのホワイトハウス(WH)でトランプ大統領と会談する。俄かに信じられないが石破氏は開催日が1月末に決定後、外務省に対し大統領執務室(通称、オーバルオフィス)での首脳会談の可能性を質したとされる。オーバルオフィスはWHのウェストウィング(西棟)1階正面入り口から南に真直ぐ向かって一番奥の左角にある。正面ロビーの斜め右前にJ・D・ヴァンス副大統領の執務室、その左隣がマイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)、廊下を隔てた右隣にスーザン・ワイルズ大統領首席補佐官の執務室がある。その廊下沿い東に向かって大統領上級顧問室2部屋と、大統領専用ダイニングルーム、書斎があり、その先が大統領執務室である(大統領上級顧問室の1つがピーター・ナバロ産業・通商担当大統領上級顧問?)。主たる関心事は当館前主人のジョー・バイデン前大統領時代と現在の比較でもある。バイデン時代は大統領の執務机と椅子の左側後ろの壁に米国独立宣言を起草したベンジャミン・フランクリンの肖像画、一方のトランプ氏はアンドリュー・ジャクソン第7代大統領の肖像画を飾っている。ジャクソン大統領は、トランプ氏同様ポピュリストと言われ、独立戦争と南北戦争の間の時代で活躍してヒーロー(「The Age of Jackson」と呼ばれた)になるが、先住民排除政策が物議を醸した。大統領就任後はアンチ・エスタブリッシュメントで関税制度を積極的に適用したことはトランプ氏に通じる。室内に星条旗以外に、米陸・海・空3軍・海兵隊の軍旗を飾っている。退役軍人組織を念頭に軍重視アピールしているのであろう。バイデン時代には軍関連の置物は全く無かった。飾りテーブル上に置く歴史上人物の胸像・銅像もトランプ、バイデン両氏は大きく異なる。バイデン氏は、50年代後半~60年代の公民権運動活動家のローザ・パークスや人権擁護・農民運動家のセザール・チャベスの銅像を飾った。▶︎
▶︎驚くなかれ、トランプ氏は何とウィンストン・チャーチル英首相のブロンズ頭像を持ち込んだ。戦時下のチャーチルの強いリーダーシップ発揮に憧れているのだろうか。ジャクソンの肖像画の下にある飾り机の上には、彫刻家のフレデリック・レミントンの「ブロンコ・バスター」が置いてある。バスター像はカウボーイの西部開拓精神、荒波に立ち向かう強さを表現する。やはりトランプ氏は「強さ」に憧れ、「戦う」精神に惹かれるのだ。このように大統領執務室はトランプ氏の思考回路、行動原理(or情念発露)、精神構造を理解するうえで参考になる。
なぜ筆者はトランプ執務室にこだわるのか。冒頭で記したように石破氏が前のめりだったトランプ氏とのトップ会談を大統領執務室で行いたいと希望したと聞き及んだからだ。2017年2月の安倍晋三首相(当時)はWHで公式会談を行ったが、正面で出迎えたトランプ氏が安倍氏と「シャグ」(握手と同時にハグする)を交わし、米側記者団から大統領側近やWH儀典官までを驚かせた。
それだけではなかった。自らオーバルオフィスまで案内、そこで雑談し、記念撮影に臨んでから執務室の真向いにある会議室のルーズベルトルームに移動したのである。大統領執務室は決して広くない。首席補佐官などWH幹部らが大統領執務机の前に椅子を並べて協議するか、備え付けの広大な長方形テーブルと大きなソファ2脚に座って話すだけだ。すなわち、あるとすれば「テタテ会談」(記録係無しの通訳のみ)ということになる。そう、仮に石破氏がトランプ氏との初会談(!)を大統領執務室で実現したいと打診したとすれば、「テタテ会談」を希望していたということだ。要は、「安倍超え」を意識したということに違いない。あり得ないことだ。14回に及んだ安倍・トランプ会談すべての通訳を務め、トランプ氏から「You’re little Prime Minister!」の賛辞を頂戴した外務省の高尾直北米局日米地位協定室長を同行しても、である。外交に疎い石破氏に「安倍超え」など、そもそもリアリティがない「見果てぬ夢」なのだ。