事前の想定シナリオになかった石破茂首相の冒頭発言「神様から選ばれた」が、ドナルド・トランプ大統領との日米首脳会談の流れを決定づけた――。
2月7日午前11時55分~午後1時45分(米東部時間)までホワイトハウスで行われた同会談は前半の少人数会合と後半の拡大会合(ワーキングランチ)合わせて約1時間50分間に及んだ。石破氏発言があった少人数会合は米側:トランプ大統領、J・D・ヴァンス副大統領、ピート・ヘグセス国防長官、スージー・ワイルズ大統領首席補佐官、マイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)、日本側:石破首相、岩屋毅外相、橘慶一郎官房副長官(政務)、岡野正敬国家安全保障局長、山田重夫駐米大使。
では、石破氏は冒頭、何と言ったのか。トランプ氏が昨年7月の演説中に銃撃されながら奇跡的に助かった際の写真を手に、「大統領閣下はあの時、自分はこうして神様から選ばれた(that is why God saved you in that experience)と確信したに違いないと思った。(この写真は)歴史に残る一枚です」と切り出した。首相は18歳の高校3年生時に洗礼を受けたキリスト教プロテスタント(長老派=カルヴァン派)の敬虔な信者である。一方の大統領は同じプロテスンタトのキリスト教徒を自任するが、その時々で政治ニーズによって宗派が長老派、福音派に変わるようだ。それはともかく「予測不能な(unpredictable )」トランプ氏との会談に向けて、昨年末から入念な準備のため土・日曜や祭日を含め時間を割いてきた石破氏に対し、現下の世界情勢なども勘案する外務省は、リスクマネジメントの観点から「宗教的話題」を避けるべきと繰り返し助言していたのは周知の事実である。
ところが会談当日の朝、石破氏は宿泊先の大統領迎賓館ブレアハウスで岩屋、岡野氏ら首相随行団幹部を前に、青空と星条旗を背に拳を突き上げるトランプ氏の姿に感動した自分の気持ちを表現すると宣告したという。それが奏功したのだ。トランプ氏の表情が瞬時、穏やかになった。我々ジャーナリズムは通常、それを「ヨイショ」と言う。事実、読売新聞(9日付朝刊)は3面(総合面)にタテ見出し「持論封印 トランプ氏持ち上げ」を掲げて報じた。▶︎
▶︎もちろん、米側にも事情があった。例の中東パレスチナ自治区ガザを巡る「所有」発言が世界中から総スカンを食らっていた。4日のイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相との会談後の共同記者会見で飛び出したトランプ氏の想定外発言だった。12日のインドのナレンドラ・モディ首相との会談が現在の同国の対中・露・米関係を勘案すると余りにもデリケート故に振り付け通りにならないとして、大統領最側近のワイルズ氏がその間にセットした石破氏との会談だけはせめて「真っ当な」首脳会談にするべく細心の注意を払ったとされる。ツイてると言っていい。ツキも実力のうちとも言う。さて、日米首脳会談関連で非公表なのが舌平目のムニエルを食したワーキングランチ(約1時間20分)の日米双方の参加者リストである。外務省は拡大会合非公開を理由に挙げる。
しかし少人数会合出席者の日米各5人以外に、米側はダグ・バーガム内務長官(兼国家エネルギー評議会委員長)が参加したのは米側報道で判明した。日本側でも経済産業省ナンバー2の松尾剛彦経済産業審議官が同行し、参加している。この面子から想像できるが、石破氏が固有名詞を挙げ、数字や地名を記したチャートやグラフを見せながらトランプ氏に説明したテーマは、アラスカ州に埋蔵する液化天然ガス(LNG)の輸入構想であろう。アラスカ北部産出の液化天然ガスを南部の港・貯蔵基地まで新設パイプラインで搬送し、同港から日本に向けてLNGタンカーで輸出するというのだ。
確かに対日貿易赤字の大幅削減に大きく寄与するウィンウィン関係のプロジェクトである。日本は中国に次ぐ世界第2位のLNG輸入大国だが、アラスカ産輸入が実現するのはまだまだ先の話である。目先のディール(取引)によって獲得できる数字(金額)に目が向くトランプ氏が強い関心を示したというが、俄かに信じられないのだが……。