2月11日(米東部時間)、大統領執務室でのハプニングにはさぞかし米ホワイトハウス(WH)記者団も驚いたに違いない。ドナルド・トランプ大統領はこの日、新設された「政府効率化省(DOGE)」が主導して政府職員及び予算の大幅削減を進めるための大統領令に署名、同席した起業家イーロン・マスク氏(53歳)と並んで記者団の取材に応じた。トランプ氏スローガンの「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」と書かれた帽子をかぶったマスク氏は4歳の息子エックス・アッシュ・エートゥエルブ君を肩車して現れたのだ。約1時間弱の会見中、息子は執務室内を走り回ったり、父親のしぐさを真似したりするなど好き放題、やりたい放題。SNS上で非難の集中砲火を浴びた。 それは措く。注視すべきは、マスク氏がトップを務めるDOGEが早くも首都ワシントンの官僚機構の締め付けに強い権限を持ち始めたことである。事実、第2次世界大戦後の東西冷戦下に「活躍」した米国際開発庁(USAID)を「巨額かつ無駄な支出が多い」と断罪し、事実上の解体に追い込んだ。
では、無報酬の「特別政府職員」の身分で働くマスク氏はWH内に執務室を宛てがわれているのか?答えはノーである。「効率第一」を前面に掲げる連邦政府の支出の見直しを言い募るマスク氏だが、さすがにDOGEのために新しいオフィスを求めるのは自己矛盾であることを承知しているのか、現時点では米人事管理局(OPM)や米政府一般調達局(GSA)に間借りしている。ただ、DOGE幹部の一部はWHに隣接するアイゼンハワー・エグゼクティブオフィスビル(EOB)内に部屋を得ている。マスク流コストカッターの中心人物はスティーブ・デイビス氏(45)であり、長年マスク氏側近として22年の旧ツイッター(現X)買収後の大幅人員削減を担ったことで知られる。米電気自動車(EV)最大手テスラの元ソフトウエア開発エンジニアのトーマス・シェッド氏(25)はGSAに派遣され、技術部門責任者である。ユニークな面子ではWHで際立つ右派思想のスティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策担当)の妻ケイティ・ミラー氏(34)がDOGE報道部長だ。トランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー元大統領上級顧問(中東パレスチナ自治区ガザの「中東のリビエラ」化構想発案者)の友人ブラッド・スミス氏(42)も有力メンバーである。皆、若い。(このDOGE主要スタッフ情報は、「ロールシャッハ・レポート」2月17日付による)▶︎
▶︎世界一の大富豪マスク氏は昨年11月の米大統領選でトランプ陣営に180億円を献金した。「利益相反」の疑いなど屁とも思わない且つ「公私混同」の批判など歯牙にもかけないトランプ氏周りのチャンピオンだけあってか、マスク氏の辞書には「引く(退く)」という言葉は記述されていないようだ。 マスク氏は米オープンAIの創業者サム・アルトマン最高経営責任者(CEO)との確執もあり、トランプ氏が高く評価する総額5000億㌦(約76兆円)に達する人口知能(AI)インフラ投資計画(=アルトマン氏、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長、米オラクル創業者のラリー・エリソン会長3人がタイアップしたコンソーシアム)そのものを強く批判した。
それだけではなかった。マスク氏は10日、生成AI「ChatGPT」を運営するアルトマン氏のオープンAIに対し約974億㌦(約15兆円)で買収提案を行った。アルトマン氏は直ちに、SNSのXに「ノーサンキュー。望むのであれば旧ツイッター社を97億4000万㌦(1.5兆円)で買収します」と応じた。これに対し、マスク氏は「詐欺師」と投稿した。両者の対立は先鋭化する一方である。トランプ氏を支持する巨大テック企業トップが急速に増えているのは事実だ。しかし、23日のドイツ総選挙でオラフ・ショルツ首相退陣が不可避であるにしても、マスク氏は同国の極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を公然と支持、同国民にライブチャットでAfDへの投票を呼びかけるなど、欧州主要国の選挙にあからさまに介入している。同じ主要7カ国(G7)体制国への政治介入である。東西冷戦体制下でも考えられないことである。
さすがのトランプ氏もここに来てマスク氏の傍若無人ぶりにやや閉口ぎみと聞く。1月20日の政権発足時から超親密な両者であるが、他方で対中国政策を巡りキャラ立ち同士の2人は必ず仲違いするとの見方が根強い。それでもマスク氏の「大統領上級顧問」就任説もあり、現時点では一方的に決めつけられない。ここ当分間、WH記者団は「マスク旋風」に振り回される日々が続きそうだ。