我が国最高権力者の内閣総理大臣(首相)直々の人事権行使は重い意味を持つ。とりわけ、永田町の住人である与野党の国会議員、霞が関の1府11省2庁の官僚群はこの首相直轄人事を重視する。要は、石破茂首相指名人事ということである。世界は「トランプ関税」発動でてんやわんやの大騒ぎとなった――。
ここで取り上げるのは、日本経済の先行きに計りしれない影響を与えるトランプ政権の関税政策を巡り、今月下旬にも米首都ワシントンで始まる日米関税(通商)閣僚協議の担当相=司令塔に指名された赤澤亮正経済財政・再生相(衆院当選7回・旧石破派)に関することだ。林芳正官房長官は4月8日夕の記者会見で、「所管分野の状況、本人の手腕や経験などを踏まえて首相が判断した」と語った。ドナルド・トランプ大統領は先立つ7日(米東部時間)に米側交渉担当閣僚にスコット・ベッセント財務長官を指名している(通商マターはジェイミーソン・グリア米通商代表部=USTR代表が担う)。すなわち、焦点は赤澤・ベッセント会談になる。石破首相は7日の午後9時01分から約25分間、トランプ大統領と電話会談を行った。同日の午後5時45分に首相官邸広報室が内閣記者会に対し、貼り出しで両首脳電話会談を「取扱注意」で告示している。つまりそれは、7日昼過ぎまでに電話会談がセットされていた、会談内容の概略で合意をみていたことを意味する。因って首相人事決定に至るプロセスは、概ね以下のようなものだったという。
当初、日本側の交渉担当相として名前が挙がったのは、茂木敏充前自民党幹事長(11回・旧茂木派会長)と齋藤健前経済産業相(6回・無派閥)の2人の新任案。改めて指摘するまでもなく、茂木氏はトランプ1.0時に安倍晋三政権の経済財政・再生相として当時のロバート・ライトハイザーUSTR代表との間で熾烈な通商交渉を行い、後にトランプ氏をして「タフネゴシエイター」と言わせた。 一方の齋藤氏は安倍政権で農水相、岸田文雄政権で経産相(法相も歴任)としてやはりタフな対米交渉を通じて成果を得ている。後者では当時のバイデン政権のジョン・ポデスタ大統領上級顧問との脱炭素に投資するグリーントランスフォーメーション(GX)や半導体を巡り、日米補完関係構築で存在感を示している。▶︎
▶︎だが、外務、経産両省が茂木氏起用に反対する一方で石破氏が閣僚の入れ替えを拒否したことと、武藤容治経産相(6回・麻生派)は国内産業対応・整理で手一杯、林官房長官も訪米する時間がないということから残ったのが、齋藤氏と赤澤氏だった。実は、筆者は件の官房長官会見の前日夜、某経済官庁幹部2人と長時間、酒席を共にして石破政権の先行き見通しから夏の霞が関官僚の定期人事、さらにUnpredictable(何をしでかすか想像できない)トランプ氏に関するあれこれなどについて語り合った。 その「完オフ・メシ懇談」の中で、同幹部が件の担当閣僚は齋藤氏であるとほぼ言い切ったのだ。聞き及んだ筆者は当然ながら、表情を変えずに聞き流した風体で内心は小躍りしていた。俗に言う「スクープネタ」と判じたのだ。
ところがその日の夜、帰宅して程なくNHKが石破・トランプ電話会談が行われたと速報で流した。酒席で経済官庁幹部から首脳会談について一切言及がなかった。首脳会談実施は承知していたけれど、担当閣僚に赤澤氏起用は知らなかったのか?夜分遅くに電話する、メールで確認するのはそれほど長い付き合いではないので失礼だと断念した。翌日朝一番から深掘り取材を重ねた。結論から言うと、石破首相は端から赤澤氏起用を決めていたようだ。かつて旧石破派(水月会)に所属した齋藤氏が石破氏の「人間性」そのものを疑問視しているとの風評は永田町で流布されている。当然、石破氏は立腹しているはずだ。重要人選は首相の専権事項である。赤澤氏の担当閣僚は動かない。では、本当に赤澤氏が、かつてあのジョージ・ソロス氏の右腕であり、ソロスファンドのCIO(最高投資責任者)を務めたベッセント氏との閣僚協議で、6月後半までの今後2カ月間に日米関税・通商交渉を通じて我が国の国益を損ねないポリシーラインを打ち出せると思えますか、と石破氏に問いたい。あまりにも両者の「器」が違いすぎるのだ…。