世界の耳目が集まる2回目の米中閣僚級協議は6月9~10日(現地時間)、英国ロンドンのセントジェームズ地区にある英外務省管轄施設、ランカスターハウスで開かれた。米国はスコット・ベッセント財務長官、ハワード・ラトニック商務長官、ジェイミソン・グリア米通商代表部(USTR)代表、中国は習近平国家主席の経済ブレーンである何立峰副首相、王文涛商務部長、李成剛国際貿易担当代表兼商務副部長が出席した(ベッセント氏は11日の米議会での証言のため10日午後帰国)。 米中両政府はスイスのジュネーブでの第1回経済貿易閣僚級協議(5月10~11日)で追加関税を115%分ずつ削減することで合意し、両国は90日間の期限付きで通商問題を協議することになり、米中貿易戦争は取り敢えず「停戦」となった。
しかし、合意後もトランプ政権が半導体関連の対中規制(中国の華為技術=ファーウェイ製の先端半導体使用禁止など)を発動したため、習近平指導部はレアアース(希土類)の対米輸出規制の解除を認めなかった。トランプ氏の驕りもある。先立つ5日、1時間半に及んだトランプ・習電話協議で中国のレアアース輸出制限が緩和されると受け止めた。トランプ氏は習氏を見誤ったのだ。
そもそも、レアアースは17種類の元素の総称であり、優れた物理的・化学的特性を持つことから先端技術を用いた製品に不可欠な素材である。以下は、経済産業省作成の資料を参照している。中国商務部は年明け早々の2月4日、タングステン、モリブデン、インジウムなどのデュアルユース(軍民両用)品目の輸出管理強化を表明した。続く4月4日には、レアアース(サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウム)関連の品目に対する輸出管理強化を打ち出したのだ。サマリウム:モーター・センサー用磁石、ニッケル水素電池(HEV駆動用等)。ガドリニウム:光学レンズ、医療機器(MRI、CT)、燃料電池。テルビウム:モーター用磁石(BEV・HEV駆動用等)、電子部品(MLCC)、医療機器(CT)。スカンジウム:半導体用ターゲット材、ロケット・衛星部材用アルミ合金。イットリウム:ニッケル水素電池(HEV駆動用、民生用)、半導体製造装置、半導体基板。▶︎
▶︎こうしたリストで一目瞭然だ。米中通商・貿易対立の激化を通じて、中国の「レアアース支配」(産出量の世界シェアは7割、鉱石からレアアースを取り出して化合物を作る製錬ではシェアが9割超)が、まさに対米報復手段で最も強力な手段の一つであることが浮き彫りになった。 もっと判りやすい事例を挙げる。今夏前に航空自衛隊新田原基地(宮崎県新富町)に配備予定の単発単座のステルス多用途戦闘機F-35B(米ロッキードマーティン社製)1機に900ポンド(約400㎏)以上、米海軍のバージニア級攻撃型原子力潜水艦1隻には9000ポンド(約4t)以上のレアアースが必要である。従って、レアアース供給再開までの12~24カ月間、米国の防衛生産が制限されることを意味するのだ。それほど中国によるレアアース対米輸出規制で米国は甚大なダメージを受ける。
まさに本稿を執筆中に『文藝春秋』(7月号)が手元に届き、そして頁を繰っていて驚いた。マット・ポッティンジャー元米大統領副補佐官・ガルノーグローバル共同創業者CEOの新連載「投資家のためのディープな地政学」が目に飛び込んできた。同氏は第1次トランプ政権の国家安全保障会議(NSC)で唯一“真っ当な”外交・安全保障政策のコンセプトメーカーとして知られた人物。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル元北京特派員、米海兵隊元アフガン派遣部隊情報将校。バリバリの中国専門家でもある。そのポッティンジャー氏は今年2月以降、日本経済団体連合会や経産省所管独法の経済産業研究所(RIETI)などで精力的に講演活動を始めていた。そこに『文藝春秋』で連載コラム開始である。これは請われてもトランプ2.0に参加することはないとのメッセージでもあろう。同氏は記事中で次のように述べている。《トランプ関税への対抗措置として重要鉱物(レアアース)や磁石の輸出を制限したことで、<中略>中国はトランプ政権に対して効果的な“急所”を突いたと言えます》。その通りである。米国は中国にレアアースという「金玉」を握られているのだ。