高市早苗自民党総裁は10月21日、衆参両議院本会議で行われた首班指名選挙で第104代首相に選出された。憲政史上初の女性首相誕生である。高市氏はイギリスのマーガレット・サッチャー元首相を理想と仰ぎ、して政治家を目指した。「鉄の女」と呼ばれたサッチャー氏は11年余りにわたり政権を維持し、経済再生と保守回帰を主導した。
一方で2022年に就任したイギリス3人目の女性首相リズ・トラス氏の在任はわずか49日間。はたして高市政権は短命で終わるのか、それともサッチャー氏のように長期政権を実現できるのだろうか。政権発足後の世論調査では、高市氏への期待が際立った。読売新聞(10月21~22日実施)の調査では内閣支持率が71%。内閣発足時の支持率では歴代5位となり、第1次安倍晋三内閣(06年)の70%をも上回った。自民党支持率も前月比5ポイント増の32%に上昇した。順風満帆の船出である。まず高市官邸の陣立てを検証する。霞が関官僚の頂点に立つ内閣官房副長官(事務)は露木康浩前警察庁長官(1986年警察庁入り)、筆頭首相秘書官には飯田祐二前経済産業事務次官(88年旧通商産業省)が就任。首相政務秘書官には自民党政務調査会長時代の高市氏を会長室長として支えた橘高志氏が就いた。党職員の起用は異例だ。事務秘書官には、吉野維一郎前財務省主計局次長(93年旧大蔵省)、林誠前外務省総合外交政策局審議官(同外務省)、谷滋行前警察庁刑事局長(同警察庁)、香山弘文前経産省官房政策統括調整官(重点政策高度化担当・95年旧通産省)、矢田貝泰之前厚生労働省大臣官房審議官(医療保険担当・同旧厚生省)、有田純前防衛省整備計画局防衛計画課長(99年旧防衛庁)が就任した。首相補佐官は次の5人。①安全保障担当の尾上定正元防衛相政策参与(元航空自衛隊補給本部長・空将)、②国土強靭化・復興・社会資本整備担当の宇野善昌前復興庁事務次官、③連立合意政策推進担当の遠藤敬・日本維新の会国会対策委員長、④外国人政策担当の松島みどり前自民党政調会長代理(旧安倍派)、⑤地域未来戦略担当の井上貴博元財務副大臣(麻生派)。中でも異彩を放つのは、茂木正前経産省官房政策立案総括審議官兼首席国際博覧会統括調整官(92年旧通産省)の登用だ。木原稔内閣官房長官の事務秘書官に起用された茂木氏は、高市氏が経産副大臣だった08年~09年に副大臣室の統括主任を務めた。この年次逆転の人事を含めた官邸人事は、首相本人の意向が強く反映された結果といえる。同時期・同省の陣容を振り返ると、二階俊博経産相秘書官(事務)の多田明弘元事務次官(86年旧通産省)と経済産業政策局の飯田産業再生課長の名前に目が行く。難航した首相政務秘書官人事の過程で、当初は多田氏の名が挙がり、最終的に飯田氏で決着した。要するに、経産副大臣時代に自らが見聞・評価した人物を登用しているのだ。▶︎
▶︎高市氏はチームプレーができない個人プレーヤーである。9月の自民党総裁選の真っただ中、高市氏は衆院議員宿舎に一人こもって演説草稿執筆から資料作成まで自力ですべてをこなした。
一方、争った小泉進次郎候補(現防衛相・無派閥)は、「チーム小泉」という言葉が示すとおり、政策立案から討論会対応まで仲間から総がかりの支援を受けた。磁力があるのだ。次は自民党執行部人事と高市内閣組閣。心を許す友達が少ない高市氏の「精神安定済」である古屋圭司元国家公安委員会委員長(無派閥)を自民党四役の選挙対策委員長に抜擢した。親台湾派の「日華議員懇談会」(古屋会長)幹事長の萩生田光一元政務調査会長(旧安倍派)を幹事長代行、同副幹事長の有村治子元女性活躍相(麻生派)を総務会長、同事務局長の木原元防衛相(旧茂木派)を内閣官房長官に据えた。まだある。岸田文雄内閣(21年10月発足)の高市政調会長時の同会長代行が古屋氏、同副会長(事務局長)は木原氏だ。
さらにさかのぼると、高市氏が女性初の衆院議院運営委員長に就任したのは18年10月。同議運の野党側委員にほかならぬ日本維新の会の遠藤国対委員長がいた。与野党人脈が豊富な同氏に助けられた。遠藤氏の首相補佐官起用は必然だった。ちなみに同議運の筆頭理事が、石破茂前首相最側近で、今回経産相に起用された赤澤亮正前経済再生相だ。蛇足だが前任委員長が、またもや古屋氏である。平たく言うと、高市氏周辺に腹を割って話せる政治家があまりに少ない。自身が担った重責で接した霞が関官僚とは連綿と付き合い続け、頂点を極めた今、重用したのだ。小さな「高市ワールド」がゆえなのか、経済界から高市シンパの名前が聞こえてこない。ここに来て高市政権を支える大物元官僚の存在が急浮上した。外交・安全保障政策のスペシャリスト、秋葉剛男元国家安全保障局長(82年外務省)と、安倍晋三長期政権の最大の功労者とされる今井尚哉元首相補佐官(同旧通産省)の2人だ。両氏は10月21日付で内閣特別顧問、内閣官房参与に指名された。秋葉氏は総裁選4日後の8日に自民党本部総裁室で高市氏と差しの会談を行っている。高市氏が安倍政権下の政調会長と総務相時代に、北米局審議官→国際法局長→総合外交政策局長→外務審議官(政務)とその時々の秋葉氏に助言を求めていたという。
一方、7年8カ月に及んだ安倍長期政権の要路を占めた今井氏とは「安倍命」だったのでよしみを通じた。安倍氏が最高顧問、自身は顧問に名を連ねた「財政政策検討本部」の立ち上げから今回の官邸人事まで相談している。こうしてみると、存外、高市政権は長持ちしそうだ。
