先週末、ダン・ブラウンの最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』(角川書店。上下各2500円+税)を読み終えた。ラングドン・シリーズ6作目の本書は、第2作目の『ダ・ヴィンチ・コード』に及ばないものの、最新の科学の知見をタップリ採り入れたスリラーとして上出来だ。舞台となる奇跡の古都プラハが醸し出す歴史・宗教的雰囲気がミステリ展開にしっかりと馴染んでいる。 なぜ、いま取り上げるのか。理由がある。同書でラングドン教授と恋人ソロモン博士が戦いを挑む「敵」は米CIA(中央情報局)の投資部門を担う「In-Q-Tel(インキューテル)」だ。諜報活動に役立ちそうな高度技術を開発するスタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)として1999年設置された。実際に存在する。民間の最先端技術を米インテリジェンス・コミュニティ(諜報機関)や国防組織の任務遂行のため迅速に導入することが設立目的である。トランプ政権要路に影響力を持つシリコンバレーの英雄、ピーター・ティール氏が創業したパランティア・テクノロジーズを筆頭に、日本でも知られるテック企業にも投資している。検索すれば、直ぐにヒットする。世界的なAI(人工知能)ブームのなか後れを取る我が国だが、まるで後光が差すような記事があった。日本経済新聞(11月18日付朝刊)2面左肩に「サカナAI、価値4000億円―国内新興最高、米CIA系から資金」のタテ見出しを掲げて大きく報じている。
そう、「米CIA系から」は先のIn-Q-Telを指す。AI開発のサカナAI(東京・港区)が三菱UFJフィナンシャル・グループ(亀澤宏規取締役代表執行役社長グループCEO)などを引受先とする第三者割当増資で約200億円(1億3000万㌦)を調達したと発表。増資後の企業価値は約4000億円(26億㌦)となり、国内未上場のスタートアップで過去最高となった。同社は2年前の7月、米グーグル出身のデビッド・ハ(最高経営責任者・CEO)、ライオン・ジョーンズ(最高技術責任者・CTO)、外務省出身の伊藤錬(最高執行責任者・COO)の3人が設立した。米シリコンバレーと中国の北京の中間が日本の東京、という位置付けから東京に本社を置いた。サカナAIの調達額は突出して大きいが、世界レベルではまだ見劣りする。▶︎
▶︎さて、『シークレット・オブ・シークレッツ』に戻る。主人公を度々窮地に追い詰めるのはIn-Q-Telのフィンク局長である(実在しない)。しかし筆者は読んでいて、フィンクを無意識のうちに米諜報機関のある人物に擬えていた。そう、「伝説の戦略家」とされる故アンドリュー・マーシャル元国防総省総合評価局(ONA)局長だ。2019年3月に97歳で亡くなった同氏は93歳まで42年間(ニクソン政権からオバマ政権)まで8代政権のONA局長を務めた、まさに伝説的な戦略家である。映画「スターウォーズ」に登場するジェダイ最高評議会の長老的存在である叡智を備え、戦闘技術に長けたヨーダを模して「ペンタゴンのヨーダ」と呼ばれた。筆者が承知する限り、現役時代の同氏に会った日本人は数人だけだ。故安倍晋三元首相のスピーチライターを務めた谷口智彦元慶應義塾大学大学院教授(現日本会議会長)が、『日経ビジネス』ロンドン特派員時代にインタビューしている。もう一人。嶋田隆元首相首席秘書官(元経済産業事務次官)は、日本貿易振興機構(JETRO)ニューヨーク産業調査員時代に対中国アプローチに関する助言を仰いだとされる。
何が言いたいのか。今や昔とは言わない。かつてクリントン民主党政権時代の「ジャパン・バッシング」を想起できよう。日本を政・官・財界の「鉄のトライアングル」と断じ、補助金漬けの産業政策=社会構造そのものの改革を求めた。翻って現下のトランプ共和党政権はどうなのか。日本製鉄によるUSスチール買収過程における米政府関与が全てを物語る。先に大統領の代理人が同社の取締役に指名された。国を挙げて産業政策を謳う。霞が関に「日本のヨーダ」を期待できないとするならば、チームプレーで臨むしかあるまい。東欧と西アジアの境にあるジョージアの首都トリビシで22日に行われたラグビーのテストマッチで、世界ランキング13位の日本代表は同11位のジョージア代表に最後の3分で逆転PG勝ちした。強豪との5連戦最終試合で勝利して、1勝4敗で終えた。苛烈で知られるエディ・ジョーンズヘッドコーチ体制2年目だ。エディ効果と言えるのではないか。2027年のワールドカップ(W杯)に言及するのはおこがましいと言われそうだが。しかし、再度歴史を遡って恐縮だが、朝ドラ「ばけばけ」でブーム真っただ中の小泉八雲のような「明治のお雇い外国人(コーチ)」にかつて学んだ事を思い出して、科学技術を含め、あらゆる分野で先達者を招聘すべきではないか。
