11月28日夕、首相官邸で第80回総合科学技術・イノベーション会議(CSTI。議長・高市早苗首相)が開かれた。木原稔官房長官、小野田紀美経済安全保障相(内閣府特命相・科学技術政策担当兼務)、林芳正総務相ら関係閣僚も出席した。成長戦略を重視する高市政権は、人工知能(AI)・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、核融合、宇宙の6分野を「国家戦略技術」に指定し、研究予算の配分や税制上の優遇措置を重点的に支援することを決めた。
一方、経団連(会長・筒井義信日本生命特別顧問)は翌29日、科学技術立国の実現に向けた緊急提言をまとめた。「官民一体となって研究開発投資を拡大すべき」とし、経済界も政府に足並みをそろえて研究開発投資の加速を目指すと言明した。これまでに民間の研究開発投資に対する政府の後押しの不足は、政府内―特に経済産業省(藤木俊光事務次官)から強く指摘されており、経済協力開発機構(OECD)調査によると、民間企業の研究開発支出に対する政府支援割合はOECD平均11.3%、フランス28.9%、韓国10.6%、米国9.1%、日本7.7%であり、公的支援割合はOECD加盟38カ国平均以下で、日本の立地競争力は諸外国に大きく劣後する。
こうした中で、経産省が作成した冊子『研究開発税制について―2025年11月 イノベーション・環境局研究開発課』(A4版27枚)は現下の日本が置かれている状況から日本は何をなすべきかを理解するうえで貴重な資料である。お世辞抜きに。高市・トランプ会談が行われた同じ10月28日に日米科学技術相会談が官邸真向かいの内閣府で行われた。小野田科学技術政策担当相とマイケル・クラツィオス米科学技術政策局(OSTP)局長である。この会談を夏前から準備していたのが、内閣府の福永哲郎科学技術・イノベーション推進事務局統括官(前経産省貿易経済安全保障局長・1991年旧通産省入省)であることはすでに書いている。
今回、紹介したいのは『研究開発税制について』で取り上げられた税制改正のポイントである。そこで挙げられた4つの課題のうち(課題2)にある<技術領域>だ。すなわち、「日本として重要な技術領域を戦略技術領域として特定し、その領域の研究開発を重点的に後押しするため高いインセンティブを付す『戦略技術領域型』を創設すべき」と記されている。その次に続く「我が国も重要な戦略技術領域を特定し、高いインセンティブ(控除率40%・別枠控除上限10%)で重点的に後押しすべき」が、この冊子で最もアピールしたい箇所だろう。平たく言えば、戦略的に重要な技術領域に焦点を当て、民間投資を促進する措置こそが求められている――というのである。
まさにこれが、先週コラムで紹介した米CIA系ベンチャーキャピタルIn-Q-Tel(インキューテル)がスタートアップに対し「創業段階から必要となる研究開発や経営体制の強化から、事業化段階で必要となる設備投資等まで、一貫して支援する」(経産省資料の記述)好例であり、米シリコンバレーの著名投資家のピーター・ティール氏が創業したパランティア・テクノロジーズこそがそのシンボルである。▶︎
▶︎日本経済新聞(12月1日付朝刊)8面の「経営の視点」で阿部哲也編集委員が書いていたが、ティール氏はそらんじるほど読んだJ.R.R.トールキンの『指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)からパランティアなど名前を取った企業が多いと初めて知った。ティール氏の座右の書だというのだ。
さて、2026年度から5年間の科学技術の指針「科学技術・イノベーション基本計画(科技計画)」の柱に、安全保障との連携を据えているのが肝である。25年度中に閣議決定する科技計画のコアに「科学技術の力による我が国の安全保障を強化する」と記述する。一例として挙げられるのがデュアルユース(軍民両用)技術を「推進するとともに得られる成果の社会実装に向けた取り組みを進める」と表記したことだ。先述したAI・量子・核融合など6分野で国家戦略技術を創設し、重点支援を明記している。実際、11月28日に閣議決定した25年度補正予算でもAI・半導体2525億円、宇宙戦略基金に2000億円、核融合に1000億円計上した。遅まきながら日本はOECD超えを目指さなければならない。幸い先の冊子刊行責任者である経産省の菊川人吾イノベーション・環境局長(兼首席スタートアップ創出推進政策統括調整官・94年旧通産省)は、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室次長やデジタル庁統括官付参事官への出向経験があるプロフェッショナルだ。貿易経済安全保障局の西川和見経済安全保障政策統括調整官(96年)は、経済安全保障政策や半導体戦略を長く担ってきた。そして菊川局長下の大隅一聡同局研究開発課長は通商産業省が現在の経済産業省に衣替えした翌年の02年に東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻を終了後、技官職で採用された大変な優れ者。事実、19年に国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の米シリコンバレー事務所長として勤務。同省で最もシリコンバレー事情に通じている。
こうした経産省科学技術人脈が、高市首相の「新技術立国」構想のバックボーンとなっている。高市官邸を運営する飯田祐二首相政務秘書官(前経産事務次官・88年旧通産省)を筆頭にオールラウンドプレーヤーとして知られる香山弘文首相事務秘書官(95年)が首相秘書官グループの中核を占める。そして驚きの首相指名人事とされたのは、茂木正官房政策立案総括審議官(92年)を木原稔官房長官秘書官(事務)に起用したことだ。首相事務秘書官筆頭格の吉野維一郎秘書官(93年旧大蔵省)の年次と逆転している。茂木氏は高市氏が経済産業副大臣時代(08年8月~09年9月)の副大臣室総括主任を務めた。この1年間が高市氏に強い印象を与え、その後も助言を求められる関係であったという。総務相3回歴任が高市氏の政治キャリアのなかで輝くが、政治家としては「経産省DNA」因子が色濃いのかもしれない。
