年の瀬も迫った12月19日付の新聞各紙(朝刊)が報じた首相官邸人事を読んで唸った方も少なくないはずだ。読売記事は見出しに「高市内閣 安倍カラー強まる―広報官に元『スピーチライター』」と掲げ、こう書いている。<次の内閣広報官に経済産業省出身の佐伯耕三・元首相秘書官(50)を起用する方針を固めた。…佐伯氏は、安倍内閣で安倍晋三・元首相のスピーチライターを長く務め、2017年に42歳で首相秘書官に登用された。
現在、日本貿易振興機構(ジェトロ)ブリュッセル事務所長を務めている。高市首相は、安倍氏の政務担当秘書官を務めた同省出身の今井尚哉氏も内閣官房参与として迎えており、政権運営で「安倍カラー」が強まりそうだ> この記事の真下に、異なる人事のベタ記事が掲載されている。見出しは、「内閣官房参与―細川氏を起用」とある。そう、こちらは、<明星大学教授の細川昌彦氏を同日付で内閣官房参与に起用する人事を発表した。経済安全保障と産業政策を担当する。細川氏は経済産業省出身で、中部経済産業局長などを歴任した。同氏はこれまでも高市首相に情報提供や助言を行ってきた>というものである。 読売報道よりも詳述する。高市首相の人選は分かりやすい。自身が内閣(党役員も含む)の要職在任中に接点があった人物を選ぶ。高市首相はこれまでに総務相を3回務め、内閣府特命相(科学技術政策担当)、内閣府特命相(沖縄及び北方対策、イノベーション、少子化・男女共同参画)、内閣府特命相(クールジャパン戦略)も経験してきた。それだけではない。経済産業副大臣も3回歴任している。このうち初めての高市経産副大臣は第1次小泉純一郎内閣第1次改造内閣(2002年10月~03年9月)であり、当時の貿易経済協力局貿易管理部長が細川氏である。奇しくも、安倍晋三「超」長期政権を首相政務秘書官・補佐官として支えた今井尚哉氏は当時、経済産業政策局企業行動課長。従って、細川、今井両氏は同時期に副大臣の高市氏に仕えていたことになる。
時計の針を少々巻き戻す。高市氏は、小渕恵三内閣(98年7月~2000年4月)の与謝野馨通商産業相時に通商産業政務次官を務めた。通商政策局米州課長だった細川氏とは当時も接点があった。▶︎
▶︎その頃の通産省マターは中国のWTO(世界貿易機関)加盟を視野に、韓国とのFTA(自由貿易協定)交渉開始、さらに対米政策では北朝鮮情勢不安定・深刻化に伴う日米安保強化が主要テーマであった。そうした中で、細川氏が与謝野通産相訪米のロジなどで役割を果たした。当然にも政務次官の高市氏とは接触があった。その後は、第2次岸田文雄第1次改造内閣、第2次改造内閣(22年8月~24年10月)で経済安全保障相時の高市氏が主導して進めたセキュリティ・クリアランス制度の有識者会議構成員11人のうちの一人として細川氏の名前が入っている。そして同制度確立のための重要経済安保情報保護活用法案は、24年5月に成立・交付された。
因みに、細川氏1977年、今井氏82年、佐伯氏98年旧通商産業省入省だ。では、読売記事に「安倍カラー強まる」と書かれた佐伯氏の内閣広報官起用(内閣官房の官位序列は内閣総理大臣→内閣官房長官→内閣官房副長官→内閣危機管理監→国家安全保障局長→内閣官房副長官補→内閣広報官→内閣情報官→内閣サイバー官の順)は、官邸の序列からすると大抜擢であることが分かる。すなわち、高市氏が内閣官房参与に指名した細川、今井両氏よりも遥かに後輩の佐伯氏が内閣官房上位職に就いたのだ。もちろん、官房参与は常勤ではない。
そもそも、7年8カ月に及んだ安倍長期政権最大の功労者とされる今井氏が、目をかけていた佐伯官房総務課政策企画委員を首相のスピーチライターにするべく内閣官房総務官室内閣副参事官に引き上げて、4年後の17年7月に首相秘書官に登用した。つまり今井、佐伯両氏が高市政権入りしたことこそ「安倍カラー」が強まったと言うべきである。すでに言及しているように、官邸運営の司令官である首相政務秘書官の飯田祐二前経産事務次官(88年)、首相秘書官軍団の要路を占める香山弘文首相事務秘書官(95年)に加えて、高市経産副大臣時代の副大臣室主任を務めた茂木正前官房政策立案総括審議官(92年)を異例の首相・官房長官秘書官の年次逆転となった木原稔官房長官秘書官(事務)に起用するなど、官邸人事は高市氏本人のお声掛かりか、今井氏推しのいずれかである。
要するに、高市官邸は「安倍カラー」であるだけでなく、「METI(経産省)カラー」に染まっていると言うべきである。それは、2026年度政府予算案の一般会計総額122兆円規模のうち、経産省予算に総額3兆693億円が計上されていることからも見て取れる。額だけで言えば、25年度当初予算比で5割増しである。世上からも想像できるように、AI(人工知能)・半導体関連は25年度当初予算から1兆円近く増額となる。高市官邸が「経産省色」に染まっていることは、数字が示しているのだ。
