「ぜひ行きたいが、戦争のことを考えると、今はここにいなければならないと感じている。このため1カ月ほど延期するよう申し入れた」――。
ドナルド・トランプ米大統領は3月16日(米東部時間)午後、ホワイトハウス(WH)で行われたイベントで、記者団に今月31~4月2日の中国国賓訪問予定を延期することを中国側に要請したと語った(米ブルームバーグ通信)。訪問まで2週間に迫る同日、フランスのパリで行われていた米中高官協議後、スコット・ベッセント財務長官も米CNBCとのインタビューで「仮に訪中が延期されることになれば、戦争中は米軍最高司令官が自国に留まるべきだとの判断からだ」と述べ、米側からの要請であることを認めた。非常事態の戦時下、それも自国にとって戦況悪化著しい中東情勢であることを理解して欲しいとエクスキューズしたのに等しい。では、イスラエルとの合同軍事作戦によるイラン攻撃――それも最高指導者ハメネイ師排除と核施設の破壊によるレジームチェンジ――に勝機があったのか。
そもそもイランは、トランプ政権が短期的な軍事作戦で体制転換が実現するとの情勢見通しの甘さからスターとしたことを看破し、長期戦に持ち込めば勝機は我にありと認識していたという。 3月上旬時点で米中東・イスラム研究学者の間では、次のように取り沙汰されていた。「イランはボクシングの世界タイトルマッチ12ラウンドを戦っている一方で、米国はリングに上がる前から1-2ラウンドで片がつくと想定していた。イランは最初から長期戦を覚悟して戦っているが、米国は短期決着で済むと見ていた。この違いが現在のホルムズ海峡を巡る戦況悪化の最大要因である」換言すると、狡猾なイランは、米国の弱点は軍事力でなく、経済的にどこまで戦争状態に耐えられるかであることを承知していた。とりわけ、石油価格の上昇や湾岸諸国の不安定化が米国内のガソリン価格上昇を含む物価高騰を招来すると。ハメネイ後継が次男のモジタバ師であれ誰であれ、イランは無尽蔵なドローンと射程の短いミサイル、そして小型ボートさえあれば、湾岸諸国を不安定な状態にして、原油市場、海上輸送、金融市場に不安を与え続けられる。それが、唯一の「トランプ大統領(政権)を弱体化できるサバイバル戦略」であると織り込んでいたと、イスラム教シーア派教徒の国際政治学者は解説する。
要は、「国家への支持」と「政権への支持」を区別する必要があると。今般のイラン戦争は、皮肉にも、イランの現体制を弱体化させるどころか、むしろ治安国家を強靭化させる結果になりつつある。さらにイラン国民は、自国の経済的・軍事的損害に耐えられる宗教的・精神的バックボーンを持っていると指摘する。平たく言えば、イランとの耐乏生活競争に米国が勝てるはずがないというのである。米国の宿痾となったベトナム戦争を想起するのは筆者だけではあるまい。▶︎
▶︎そしてそれは、トランプ政権(国家安全保障会議や国務省)のイラン専門家や国防総省の国防情報局(DIA)や米中央情報局(CIA)などインテリジェンス部門まで含めて、イランに関する情報収集・分析すべてにおけるレベルの低下を証明したようなものだ。日本は、この点を最も憂慮すべきことであろう。高市早苗首相は18日夜、政府専用機で羽田空港を発ちワシントンに向かった。19日午後(米東部時間・日本時間20日未明)、米WHでトランプ大統領と会談する。外交舞台として名高いWH本館南側に広がるサウスローンでの歓迎式典後のワーキングランチ、夜は日米首脳晩餐会という異例の厚遇だ。今回の高市・トランプ会談が文字通り世界の耳目を集めるのにはもちろん、理由がある。自らが決断したイラン攻撃がどうやら不首尾に終わり早期の停戦に持ち込みたいのが本音であるが、この間のタイムラインを辿ってみる。2月28日午前(現地時間)の米国とイスラエルの空爆でハメネイ師を始めパクプール革命防衛隊司令官、ムサビ軍参謀総長、ナシルザデ国防軍需相らも殺害後、「目標達成まで最長4週間」→「近く大規模攻撃」→「イラン制空権数日内で掌握」→「大規模攻撃予告」→「完全な全土破壊検討」と進軍ラッパは吹き続けるが、9日の記者会見で「間もなく戦争は終了」と述べて以降、様相は一変した。極めつけは14日に自身のSNSで日本、中国、韓国、フランス、英国など7カ国に対し、ホルムズ海峡安全航行に向け護衛の艦船派遣への期待を表明したことだ。16日にはWH記者団に日中韓3カ国を名指しし、石油の輸入で米国よりはるかにホルムズ海峡に依存していると指摘、改めて「支援して欲しい。喜んで協力すべきだ」と述べた。こうした艦船派遣圧力が強まる中、高市首相はトランプ大統領にどう向き合うのか。これまでの日米関税交渉を通じて日本は対米直接投資5500億ドル(約87兆円)を約束した。
しかしトランプ氏がいま求めるのは、ホルムズ海峡の事実上の封鎖によって中東原油供給の先行きに不透明感が増すためその代替策である。それはこれまでにも俎上に載ったことがある米アラスカ州プルドーベイ油田(40万バレル/日)の原油を増産し、増産分を州最大都市アンカレジ南西のバルディーズ港から石油タンカーで日本まで運び、日米共同備蓄する構想である。原油価格の高騰が進むなか、価格安定に寄与し且つ日本の原油調達先の多角化にもなる一石二鳥の策であり、対米公約の投資リストに組み込むこともできる。同時に、日本側は米国内の重要鉱物関連共同開発を用意している。このプロジェクト(4つの事業)の肝は、レアアース(希土類)だけでなく、リチウムと銅も含む重要鉱物の鉱山開発と精錬事業への直接コミットということだ。事例を2つ挙げる。米中西部インディアナ州のレアース精錬事業に三菱マテリアルが出資・参加を調整しており、銅の精錬計画もある。南西部アリゾナ州のカッパーワールド銅鉱山開発には三菱商事が870億円で権益を取得済みで、29年稼働を目指す。トランプ氏には、こうした目に見えるプロジェクトの稼働が最もハッピーになるプレゼンテーションである(注:日本経済新聞3月18日付朝刊を参照)高市氏は、ホルムズ海峡への海上自衛隊艦船の派遣は受け容れられないが、どうやら金目のプロジェクト(共同事業)カードを次々と繰り出してトランプ氏をいてこましそうだ。当初、懸念された「トランプ・ショック」に遭遇することなく、21日午後に無事帰国できるといいのだが。
