『読売新聞』(4月22日付朝刊)4面の連載コラム「政治の現場―高市政権半年(2)」の記事を読んで驚いた。見出し「意思決定支える3人―木原氏 調整の要」を掲げた記事中の以下の件である。<……「トライアングルで処理する案件も多い」と証言する関係者もいる。木原(稔官房長官)と飯田(祐二首相政務秘書官)に,官房長官秘書官の茂木正を加えた3人のことだ……高市の下に側近を集めて官邸でほぼ毎日開かれる通称「正副長官会議」には,茂木も7人目のメンバーとして出席し,政権の意思決定に立ち会う。木原の脇を経産省出身の飯田と茂木が固め,3人のトライアングルが高市を支える。政権発足から半年たち,その構図が明確となった。……>。この「正副長官会議」は,翌日の『朝日新聞』(23日付朝刊)がリニューアルした「時時刻刻」で大々的に1,2面を通じて展開した記事でも言及された。
まさに政権発足半年後に,両紙が初めてこのワーディングを披瀝した。弊誌は永年,官邸ウォッチングを続けているが,此度の読売報道でその存在を初めて知り,且つ霞が関の「常識」を覆す茂木の同会議メンバー起用も知った。そもそも昨年10月の高市政権発足時に茂木経産省官房政策立案総括審議官(1992年旧通産省入省・技官採用)の官房長官秘書官起用が密やかな話題となった。▶︎
▶︎それでも高市が経済産業副大臣時(2008年8月~09年9月)に副大臣室主任として仕えた茂木を高く評価していたと聞いた永田町・霞が関雀は「信頼する官僚が少ない高市らしい」と得心した。それにしても,首相事務秘書官のラインナップを見れば分かるが,吉野維一郎(93年旧大蔵省)を含む7人は林誠(同外務省),谷滋行(同警察庁),香山弘文(95年旧通産省),矢田貝泰之(同旧厚生省),松井正幸(96年旧郵政省),有田純(99年旧防衛庁)であり,全員が官房長官秘書官の茂木より入省年次が若い。異例中の異例人事なのだ。松井は高市総務相時代,有田は高市経済安全保障相時代の大臣秘書官を務めている。ある意味で,高市は分かり易い政治家なのだ。
次は,官僚ではなくバッジ組人事をチェックする。岸田文雄政権下の高市自民党政務調査会長時代(21年10月~22年8月)を見る。政務調査会:古屋圭司会長代行(現衆院憲法審査会長・前党選対委員長)―木原稔副会長・事務局長(現官房長官)―小野田紀美副会長(現経済安全保障相)―尾崎正直事務局次長(現官房副長官)。それにしても,「ここまでやるか!」である。高市は自身が歴任した役職を通じて接した同僚議員・官僚の中から官邸中枢メンバーを人選したと言うべきだ。換言すれば,「タカイチ・ワールド」は極めて狭い。即ち,高市首相をトップとする「正副長官会議」構成員の木原官房長官,尾崎同副長官(政務),佐藤啓副長官(政務),露木康浩官房副長官(事務・86年警察庁),飯田首相政務秘書官(88年旧通産省),茂木官房長官秘書官の6人が高市官邸を運営する…(以下は本誌掲載)申込はこち
