5月14日以降ほぼ毎日、新聞各紙の見出しに「AI『ミュトス』」の活字が躍った。改めて言うまでもなく、それは米新興企業アンソロピックが開発した人工知能(AI)モデル「Claude Mythos(クロード・ミュトス)」のことである。辿ってみよう。14日:「3メガ、AI『ミュトス』活用―日本企業初、日米でサイバー防衛―脆弱性の検知・修正早く」(日本経済新聞同日付朝刊1面トップ)、「AIミュトス 利用可へ―サイバー対策、日本政府や金融機関」(読売新聞同付朝刊)。15日:「最新AIの対応策 提言―自民サイバー本部、ミュトス『新たな脅威』」(読売新聞同日付朝刊4面)、「『ミュトス』対応―金融庁が初会合」(同紙同日付朝刊9面)、「ミュトス『対策追いつかぬリスク』―金融業界、民間にも強い危機感―修正プログラムめぐり官民連携」(朝日新聞同日付朝刊)。
20日:「日立、アンソロピックと提携―AIシステム開発、専門人材10万人育成―『ミュトス』活用は含まれず」(日経新聞同日付朝刊)、「脆弱性の共有容認―アンソロピック、AI『ミュトス』巡り」(同紙同日付夕刊)、21日:「オープンAI上場準備―22日にも申請か、時価総額1兆㌦狙う」(日経新聞同日付夕刊)、22日:「『ミュトス級』日本提供検討―オープンAI、中国念頭に同盟国連携」(日経新聞同日付朝刊)、「サイバー防御AI 政府に提供へ―オープンAI、最新型」(読売新聞同日付朝刊2面)、「オープンAI 上場申請へ―米報道、時価総額1兆㌦超か」(同紙同日付朝刊7面)。見出しにある「ミュトス級」とは、新興アンソロピックをライバル視する「ChatGPT」で一躍名を馳せた先発のオープンAIの最新鋭AIモデルの「GPT-5.5-Cyber」を指す。「Claude Myotos」と同等水準のサイバー能力を持つとされる。両社AIシステムの性能比較に言及すると筆者の理解を遥かに超え、深みにはまる。由って近づかない。注視するのはオープンAI(サム・アルトマンCEO)から「GPT-5.5-Cyber」の事実上の対日売り込み部隊の責任者として同社取締役ポール・ナカソネ元国家安全保障局(NSA)局長が派遣されたことだ。
上述の「読売」には21日に東京都内で会見したナカソネ氏の写真も掲載された。日系3世の同氏は、2018年から24年まで米サイバー軍司令官(司令部・メリーランド州フォート・ミード陸軍基地)を務めたプロフェッショナルだ(退役陸軍大将)。同氏来日のニュースに接して思い出したのは、2023年8月に米紙ワシントン・ポスト(WP。同月7日付)が、「China hacked Japan’s sensitive networks, officials say(中国が日本政府の防衛機密を扱うコンピューターシステムにハッキングしていた)」と、スッパ抜いたことだ。WP紙報道は概ね以下のようなものだった。米NSAが遡る20年秋に中国軍による不正アクセスを発見し、その直後、事態を重くみたトランプ政権のナカソネNSA局長とマシュー・ポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)が来日、日本側に「日本の近代史で最も損害の大きいハッキングだ」と警告したというのである。3年前の事案をスクープしたわけだ。
後に詳細が判明したが、それはサイバー攻撃された政府のコンピューターシステムは主に外務省のそれで、外交機密を含む公電のやりとりがハッキングされて深刻な情報漏洩が起きていると知らされたのだ。政府がサイバー防御策強化に乗り出したのは、この一件が契機となった。今でこそ「アクティブ・サイバー・ディフェンス(ACD:能動的サイバー防御)」という表記を抵抗なく使用する。現在、政府組織も内閣のサイバーセキュリティ戦略本部(本部長・高市早苗首相)下に各省庁の総合調整機関として内閣官房国家サイバー統括室(室長・飯田陽一内閣サイバー官)が設置されている。ある意味で、これはまさに「ナカソネ・ショック」と言える事案だった。▶︎
そのナカソネ氏が退官4カ月後の24年6月に、オープンAIに招かれたことから読み解けるストーリーはこうである。そもそも非営利団体として2015年12月に設立された。アルトマン氏以下、イーロン・マスク(テスラ・X=旧ツイッター・スペースXなど創業)、ダリオ・アモデイ(現アンソロピックCEO)氏などが共同設立者。
ところがそのオープンAIを巡り、この数年間に、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、マスク氏が当時すでに米グーグルのAI市場の独占と安全性への懸念もあって、営利会社オープンAIへの転換に深くコミットしたと報じている。現在のマスク氏傘下のスペースXなどでも分かるように、米国防総省(ペンタゴン)や米NASA(航空宇宙局)と連携し、28年までにAIを積載した衛星打ち上げと、地球軌道上に打ち上げたAIサーバー搭載の人工衛星網、すなわち宇宙データセンター建設を目指している。陳腐な言い回しになるが「軍産複合体」のメリットをその頃からマスク氏は看破していたことになる。先見性と言うべきか。想起して欲しい。去る3月初めにアンソロピック創業者の熱血漢、ダリオ・アモデイ氏が国防総省に対し、完全な自律型兵器への技術提供や市民の大規模監視に繋がる軍事利用を許容できないと宣言し、同社は国家安全保障上の「サプライチェーンリスク」に指定された。要は、ペンタゴンの出入禁止となったのだ。この間隙を衝いて、国防総省との商談を奪取したのがオープンAIである。つまり、ここでも名前が浮上するのが、ポール・ナカソネ氏なのだ。古巣の米NSA、米サイバー軍司令部に「口を利いた」とまで言わないが、何らかの助言を与えたとしても何ら不思議ではない。
そして、オープンAI創業中核メンバーのサム・アルトマンCEOに多大な影響力を持つのがイーロン・マスク氏や、先のベネズエラ軍事侵攻とイラン先制攻撃に当たって軍事データの統合・解析するシステムを提供したパランティア・テクノロジーズ創業者のピーター・ティール氏である。トランプ政権下の最先端AI覇権を巡る抗争でも登場人物に変わりない。今や「暗黒啓蒙(The Dark Enlightenment)」思想家であるティール氏と、世界一の大富豪でスペースXの300兆円上場を狙うマスク氏の2人。呆れ果てるしかない。
