今夏も酷暑の中、多岐にわたる本を多く読んだ。これから当連載コラムで随時、その書名・著者名、及び概略を紹介したい。
先ず、第一弾。カーティス・ヤーヴィンの『ネオ君主論―民主主義の敗北とテック右派の時代』(PHP研究所。定価2090円)である。「暗黒啓蒙(Dark Enlightenment)」の思想家とされる。これまで筆者も何回かヤーヴィン氏について言及しているが、国内外の大手新聞などによる本人インタビューはさすがにインパクトが大きい。
最初に筆者の目に留まったのは、昨年の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT。7月18日付電子版)に掲載された、コラムニスト、ジリアン・テット氏の「Threats to the Fed go beyond firing Powel, Curtis Yarvin’s ideas are going ever more mainstream in Trump’s Washington-and investors should be worried(FRBへの脅威はパウエル議長解任だけにとどまらない―カーティス・ヤーヴィンの思想はトランプ政権のワシントンでますます主流となり投資家は懸念すべき)」である。ヤーヴィン氏はテット女史に「私の大胆な計画はFRB(米連邦準備理事会)と財務省を合併し、(両機関の)資産を再評価することです」と語ったのだ。故にジェローム・パウエル議長解任説に真実味が与えられた。FT記事中にこのような件もあった。《J・D・バンス副大統領などは彼の思想に賛同し、多くのトランプ政権中堅幹部は彼のブログ(「Gray Mirror」)をフォローする。その結果、彼のクレージーな概念が政権内のおしゃべりとして浸透する。たとえば、パウエル議長が解任された場合、米財務長官のスコット・ベッセント氏に両機関の運営が委ねられるかもしれないとの憶測が流布されて定着する。そのような兆候など全く見られなかったのに》。
次に、今年になってから我が代表的な新聞2紙がヤーヴィン氏を取り上げている。日本経済新聞(5月10日朝刊)は見出し「民主国家、CEO型君主を―カーティス・ヤービン氏 テック右派、超大国動かす『暗黒啓蒙』・日本の官僚、反面教師に」を掲げ、同氏インタビューを行った中藤玲記者が取材(同紙の表現は「ビ」だが、筆者は「ヴィ」を採る)。当該インタビューの中で際立った箇所をピックアップしよう。《私が提唱するのは説明責任のある君主制で、スタートアップのように動きが速い国家だ。君主が老いたり間違ったりした時に、交代させる仕組みを設ける。君主がCEOなら、その働きに目を光らせる取締役会のような組織だ》。《(フランクリン・)ルーズベルトがいたように、王のような指導者が米国的ではないと考えるのは間違いだ。…彼は自ら法案を書き、議会に働きかけて多くのスピード立法を実現させた。アメリカにもCEOのような大統領がいたのだ》。
次は、朝日新聞(同26日付)1面トップに「秩序壊すトランプ外交の『頭脳』―影響増す政治哲学者とシンクタンク」の見出しを掲げ、2面の「時時刻刻」全文も含む長文記事だ。青山直篤ワシントン特派員(当時・現同総局長)の秀逸リポートである。こちらは直接ヤーヴィン氏を取り上げた記事ではなく、トランプ大統領の政治運動「MAGA(Make America Great Again)」の頭脳とされる人物をクローズアップしている。
とりわけ、筆者が興味を抱いたのは2人。日本では周知されていないシンクタンク「クレアモント研究所」のライアン・ウィリアムズ所長と、イスラエルの政治哲学者ヨラム・ハゾニー氏(反リベラリズムを説く『ナショナリズムの美徳』の著者)である。青山記者は、ウィリアムズ氏とは米テキサス州ダラス近郊の同研究所テキサス事務所で取材し、ハゾニー氏とはオンラインでインタビューしている。トランプ政権(第2次)が昨年12月に発表した「国家安全保障戦略2025(NSS2025)」の基本骨子(アメリカ第一主義、米本土を含む西半球の支配強化など)は、同年9月まで米国務省政策企画局長だったマイケル・アントン氏が中心となり作成されたものであり、同氏はクレアモント研究所のコアメンバーであると報告している。▶︎
▶︎こうした報道に接した筆者は、シリコンバレー時代のヤーヴィン氏を財政支援し、かつ同氏のブログを通じた啓蒙活動を高く評価した著名実業家のピーター・ティール氏の影響を受けたトランプ政権中枢を占有する人物を探った。そして、驚いた。FT紙が指摘したバンス副大統領を筆頭に、スティーブン・ミラー大統領次席補佐官(政策担当)、マイケル・クラツィオス科学技術政策局(OSTP)局長、スコット・クーパー人事管理局(OPM)局長、スリラム・クリシュナン上級顧問(AI政策担当・当時)、ジェイコブ・ヘルバーグ国務次官(経済・エネルギー担当)ら続々と名前が挙がったのである。
続いて、ヤーヴィン氏の近著から興味深い記述をピックアップしたい。《トランプは行政官ではないし、彼は物事を把握するのが得意ではない。彼はあらゆることをやっているが、優秀な参謀を雇っている。彼は、FDR(フランクリン・ルーズベルト)がそうだったように、王様のような君主になりたいと思っている。FDRはエリート層に支えられていたが、トランプは、他国から侵略してきた「蛮族の王様」のように見なされている》。《かつて(PayPal創業者の)ピーター・ティールから投資を受けていたのは事実だ。あえてピーターについて言うなら、彼はナード(nerd=極度に知的で、細部や理論に異常にこだわり、実務や人情より整合性・原理を重視する。冷たい・非情に見えることもある)だ。ナードという性質は欠点にならず、むしろ理想的に機能している稀有なタイプの知性だ》。
そう、筆者はティール氏の最近の行動に強い関心を抱いている。それは、南米アルゼンチンとの関係である。今年の4月23日、首都ブエノスアイレスでハビエル・ミレイ大統領と大統領府で約1時間会談した。ミレイ氏は会談後、「ティール氏はアナルコ・キャピタリスト(無政府資本主義者)だ。アナルコ・キャピタリストが大統領をやるとどういう事になるのか非常に関心を持っている」と述べた。そしてティール氏は1200万㌦(約20億円)で市郊外に超高級邸宅を購入し、家族を伴って一時的に生活拠点を移した。
それだけではない。8月には同国のシェール開発有力企業の株式約1%を約7600万㌦で取得している。同国はエネルギー・鉱物資源、土地、水、データセンター、AIインフラという21世紀の戦略資産が大量に存在する。しかもミレイ政権は、規制撤廃、外資誘致、税制優遇を猛烈なスピードで進めている。チリとの国境で進む銅山開発だけでも200億㌦(約3.2兆円)超の投資余地があるとされる。ティール氏にとって理想的なのは成熟した先進国ではなく、巨大な実物資産を持っているのに、制度が再設計途上にあることだ。要は、ミレイ政権が「国家規模の実証実験場」に映るのだろう。トランプ後を見据えた「プランB」作戦に踏み切るのではないか。
